日本サッカーの敗因 対アメリカ戦
2008-08-07
予想通り(?)、ひ弱な日本サッカーはオリンピック緒戦の対アメリカ戦に負けた。
度々指摘してきたように、シュートしないサッカーなどに何の意味もない。シュートとは、ゴールの枠の中に飛んだ場合を言うのである。
ゴール前でボールを持ってシュートしようとしない。チョット触られれば、直ぐ転ぶ。
普段のJリーグのプレーで、強引にシュートでフィニッシュしないクセが、ここ一番でのひ弱さにつながっている。
度々指摘してきたように、シュートしないサッカーなどに何の意味もない。シュートとは、ゴールの枠の中に飛んだ場合を言うのである。
ゴール前でボールを持ってシュートしようとしない。チョット触られれば、直ぐ転ぶ。
普段のJリーグのプレーで、強引にシュートでフィニッシュしないクセが、ここ一番でのひ弱さにつながっている。
EURO2008
2008-06-30
只今スペインが優勝した。
昨夜は名古屋上空を前線が通過していたので、非常に体調が悪かった。母の付き添いに病院にいたときから、その前兆があり、休みの外来の長椅子で一時間ほど寝たりしていた。夕食を車椅子に乗せてデールムで食べさせたりしてから、真っ直ぐ家路に着いた。帰宅したら、先日の知多の土産を送った親戚から宅急便が届いていた。そのお礼の電話をするのが精一杯で、後は横になって唸りながら、アナコンダ2とK−1を見ていた。
少しウトウトしたら気分がよくなりかけたので、カップ麺のごんぶとを月見にして食べて、ドイツ対スペインの決勝戦を見ていた。見ているうちに、体調が戻ったので、試合を楽しめた。
今大会、オランダ、ロシアとパスサッカーが復活したことを喜びたい。見ていて思わす声を上げしまう、あの流れるようなパスと相互に連携した選手たちの動き。それと魂のトルコサッカーの活躍にも驚かされた。
90年代、守備的な負けないサッカーが主流となっていただけに、サッカー本来の楽しさ・美しさが復権してきて、今後のサッカーが楽しみになった。
そうなるとオシム前監督が病に倒れて、日本代表の指揮を取れなくなったことが惜しまれてしょうがない。岡田監督では、世界は遠い。
昨夜は名古屋上空を前線が通過していたので、非常に体調が悪かった。母の付き添いに病院にいたときから、その前兆があり、休みの外来の長椅子で一時間ほど寝たりしていた。夕食を車椅子に乗せてデールムで食べさせたりしてから、真っ直ぐ家路に着いた。帰宅したら、先日の知多の土産を送った親戚から宅急便が届いていた。そのお礼の電話をするのが精一杯で、後は横になって唸りながら、アナコンダ2とK−1を見ていた。
少しウトウトしたら気分がよくなりかけたので、カップ麺のごんぶとを月見にして食べて、ドイツ対スペインの決勝戦を見ていた。見ているうちに、体調が戻ったので、試合を楽しめた。
今大会、オランダ、ロシアとパスサッカーが復活したことを喜びたい。見ていて思わす声を上げしまう、あの流れるようなパスと相互に連携した選手たちの動き。それと魂のトルコサッカーの活躍にも驚かされた。
90年代、守備的な負けないサッカーが主流となっていただけに、サッカー本来の楽しさ・美しさが復権してきて、今後のサッカーが楽しみになった。
そうなるとオシム前監督が病に倒れて、日本代表の指揮を取れなくなったことが惜しまれてしょうがない。岡田監督では、世界は遠い。
ヤッパリ眠れない EURO2008 と 岡田監督の無能さ
2008-06-23
母が入院中なので、少なくとも夜はユックリ眠れるはずなんだけれど、ついつい夜中「EURO2008」を見てしまうので、結局睡眠不足である。
何度も書いてきたけれど、日本サッカーの欠陥は、得点に関しての選手の意識の低さである。具体的には、サッカーは点取りゲームであることを忘れているし、またパスのスピードのなさである。
ボールを持った瞬間にシュートを考えない選手など代表たる資格はない。中村君ですら、海外でもまれて最近やっとその意識に目覚めたようだけれど、日本人選手の闘争本能のなさには呆れるばかりである。
それと足元へのパスのスピードのなさ。スペースに出すパスと、足元に出すパスの違いがないのが、日本サッカーの欠陥である。世界標準のパスのスピードと精度、およびそのトラップないしダイレクトパスに関しては、日本人選手はかなわない。
昔に比べれば個々の選手のボールの扱いは格段にうまくなっていても、真剣勝負の場で発揮されるほどの能力になっていない。
かって奥寺さんがドイツのプロリーグに渡った時戸惑ったのが、パスされたボールのトラップである。パスのスピードとボールの回転に慣れるのが大変であったと、インタビューで話されているのを聞いたことがある。
さらに毎度お馴染みの、日本人選手の肉体的接触にたいする脆弱性である。
昨夜のバーレン戦は、母の介護付き添いから帰ってきた見たので、後半からであった。得点が取れないからセンターバックをコール前に・・・というのは、かって鴨監督が秋田選手で試みた方法論である。だけどその無能な采配の責任を問われてクビになって、その後釜に納まったのが現在の岡田監督であった。
昨夜は偶然の勝利であった。解説のセルジオさんが苦笑していたように、こんな戦い方では到底ワールドカップの予選を勝ち抜けない。一刻も早く岡田監督の首を切るべきである。
何度も書いてきたけれど、日本サッカーの欠陥は、得点に関しての選手の意識の低さである。具体的には、サッカーは点取りゲームであることを忘れているし、またパスのスピードのなさである。
ボールを持った瞬間にシュートを考えない選手など代表たる資格はない。中村君ですら、海外でもまれて最近やっとその意識に目覚めたようだけれど、日本人選手の闘争本能のなさには呆れるばかりである。
それと足元へのパスのスピードのなさ。スペースに出すパスと、足元に出すパスの違いがないのが、日本サッカーの欠陥である。世界標準のパスのスピードと精度、およびそのトラップないしダイレクトパスに関しては、日本人選手はかなわない。
昔に比べれば個々の選手のボールの扱いは格段にうまくなっていても、真剣勝負の場で発揮されるほどの能力になっていない。
かって奥寺さんがドイツのプロリーグに渡った時戸惑ったのが、パスされたボールのトラップである。パスのスピードとボールの回転に慣れるのが大変であったと、インタビューで話されているのを聞いたことがある。
さらに毎度お馴染みの、日本人選手の肉体的接触にたいする脆弱性である。
昨夜のバーレン戦は、母の介護付き添いから帰ってきた見たので、後半からであった。得点が取れないからセンターバックをコール前に・・・というのは、かって鴨監督が秋田選手で試みた方法論である。だけどその無能な采配の責任を問われてクビになって、その後釜に納まったのが現在の岡田監督であった。
昨夜は偶然の勝利であった。解説のセルジオさんが苦笑していたように、こんな戦い方では到底ワールドカップの予選を勝ち抜けない。一刻も早く岡田監督の首を切るべきである。
岡田監督では・・・
2008-06-02
前回同様岡田監督の手法は、何ら進歩がない。使えない若手を抜擢(?)し、有名選手の首を切つて自分がボスであることを誇示しようとする。
前回ガズと北沢が犠牲になったように、今回は高原が餌食になった。
岡田監督では、ワールドカップに行けない。
オマーンに負けて、もしくは勝てなくて、ワールドカップへの道は閉ざされるであろう。
前回ガズと北沢が犠牲になったように、今回は高原が餌食になった。
岡田監督では、ワールドカップに行けない。
オマーンに負けて、もしくは勝てなくて、ワールドカップへの道は閉ざされるであろう。
Jリーグは退屈
2008-05-17
日本のプロ野球は試合の流れに関係なくただただうるさく、おまけに何かの新興宗教集会を見るような単調な動作の応援スタイルに、見る気がしないと散々書いてきたので、今回はJリーグがつまらないというお題で一言。
まず一番の問題は、少しぶつかると直ぐころんで痛がる。アホナ審判は、直ちに笛を吹いて試合を止めてしまう。サッカーの醍醐味は、流れるようなボールの動きから、相手の一瞬の隙をついた強烈なシュートをキーパーがセーブすることであるはずである。
なのにも怪我をしたわけでもないのに、すぐ試合を止めてしまう。代表の国際試合や。プレミア・リーグを見れば分かるように、チョット接触しただけで痛がって寝転んでいることはない。審判は、試合の流れを妨げることはない。
「野球」と「ベースボール」は、ボールの大きさやストライクとボールの順番が違うなど、本来の「ベースボール」とは違ってしまっている。アンパンやカレーパンのように、「ベースボール」が日本化したものが「野球」になっている。それは本来「ナイト・ゲーム」なのに、「ナイター」というわけの分からない「日本語」を生んだ事からも証明される。それはそれで、「日本化」とは日本人が親しんできた証拠でもあるのだが。
もう一つが、中距離のパスにスピードがないことである。せっかく受け手がフリーでいるのに、パスにスピードが無いので、トラップしたときにはディフェンダーが迫っている。
この「コンタクト・プレーに弱い」のと、「中距離のパスのスピードのなさ」は、日本代表チームに共通する弱点である。この弱点が無かったのが、あの中田英寿選手であった。代表で一緒に練習した都並敏史さんが、中田選手とパスの練習すると、ビシバシとパスがくるので、トラップするのが大変だったと語っていたのを思い出した。
野球と違って、サッカーは世界中で愛されているスポーツである。是非とも世界標準に近づいて欲しいものである。
ガンバがレッズを破ったのを身ながら・・・
ラグビーは、試合が終わればノーサイドである。放送終了間際に写っていた、試合後ごねていたレッズのキーパは無様であった。
まず一番の問題は、少しぶつかると直ぐころんで痛がる。アホナ審判は、直ちに笛を吹いて試合を止めてしまう。サッカーの醍醐味は、流れるようなボールの動きから、相手の一瞬の隙をついた強烈なシュートをキーパーがセーブすることであるはずである。
なのにも怪我をしたわけでもないのに、すぐ試合を止めてしまう。代表の国際試合や。プレミア・リーグを見れば分かるように、チョット接触しただけで痛がって寝転んでいることはない。審判は、試合の流れを妨げることはない。
「野球」と「ベースボール」は、ボールの大きさやストライクとボールの順番が違うなど、本来の「ベースボール」とは違ってしまっている。アンパンやカレーパンのように、「ベースボール」が日本化したものが「野球」になっている。それは本来「ナイト・ゲーム」なのに、「ナイター」というわけの分からない「日本語」を生んだ事からも証明される。それはそれで、「日本化」とは日本人が親しんできた証拠でもあるのだが。
もう一つが、中距離のパスにスピードがないことである。せっかく受け手がフリーでいるのに、パスにスピードが無いので、トラップしたときにはディフェンダーが迫っている。
この「コンタクト・プレーに弱い」のと、「中距離のパスのスピードのなさ」は、日本代表チームに共通する弱点である。この弱点が無かったのが、あの中田英寿選手であった。代表で一緒に練習した都並敏史さんが、中田選手とパスの練習すると、ビシバシとパスがくるので、トラップするのが大変だったと語っていたのを思い出した。
野球と違って、サッカーは世界中で愛されているスポーツである。是非とも世界標準に近づいて欲しいものである。
ガンバがレッズを破ったのを身ながら・・・
ラグビーは、試合が終わればノーサイドである。放送終了間際に写っていた、試合後ごねていたレッズのキーパは無様であった。
イエメン戦を見て
2006-08-16
なんとも無様な戦いであった。一体全体誰の指示で、本来センターバックであるはずのツゥーリオ選手が、センター・フォードの位置にいたのだろうか? あれは監督の指示だろうか?? ならば何故もっと彼めがけてセンタリングを上げなかったのだろうか??? またツゥーリオ選手の独断なら、今度は周りの選手達は何故彼の意図を理解しなかったのだろうか???? 疑問だらけの戦いであった。
度々触れたように、キーパーとセンターバック(2人)、及びツートップのFWの一人の四人は190cm前後の選手をそろえるべきであると言ってきた。現代サッカーにおいては、セットプレーからの得点能力が大事になってきている。それには良いキッカーと、それに合わせる選手が必要になる。
今夜の戦いは、相変わらずのFWの人材不足を露呈しているようであった。決して体格に恵まれていない、イエメン選手相手にこの体たらくでは、はたしてこの先どうするのであろう。
以上、NHKのBSで亡くなる直前のジミヘンのライブの演奏を聴きながら・・・・
度々触れたように、キーパーとセンターバック(2人)、及びツートップのFWの一人の四人は190cm前後の選手をそろえるべきであると言ってきた。現代サッカーにおいては、セットプレーからの得点能力が大事になってきている。それには良いキッカーと、それに合わせる選手が必要になる。
今夜の戦いは、相変わらずのFWの人材不足を露呈しているようであった。決して体格に恵まれていない、イエメン選手相手にこの体たらくでは、はたしてこの先どうするのであろう。
以上、NHKのBSで亡くなる直前のジミヘンのライブの演奏を聴きながら・・・・
オシム色?
2006-08-09
若返った、というかやっと代表らしい平均年齢のチームになった。
Jリーグの全チームから選抜できない状態なので、レッズ中心の代表チームを編成したようであった。これが必ずしもオシム監督が望んだ選考ではなかったのは、最初は13人しか選ばなかったことが示していると思う。短い期間でチームとして仕立て上げたのだから、やはりジーコ前監督と違って監督として一流であることを証明したようである。
「賢くなくても」、もっと強引なプレーを期待していた。とくに敵陣において。ゴール前でボールを持ったとき、パスすることよりシュートすることを、シュートがダメら突破することを・・・ それがW杯における日本代表の欠陥だったから。そう意味において、まだまだ物足りない。
いずれにしろオシム体制の確立は、まだまだ先のことになる。それまで、しばし待つことも必要だ。
それにしても監督が一番背が高いというのでは、今後の戦いが心配である。
以前書いたように、次の大会では一層背の高いプレーヤーが、各代表に増えてくるものと思われる。
現状では、とても世界と戦えそうにない。まずは、キーパーとセンターバックに二人背の高い選手を用意しないと、とても決勝リーグへは進めそうにない。
トリニダードトバコ戦を見て、そんなことを考えていた。
Jリーグの全チームから選抜できない状態なので、レッズ中心の代表チームを編成したようであった。これが必ずしもオシム監督が望んだ選考ではなかったのは、最初は13人しか選ばなかったことが示していると思う。短い期間でチームとして仕立て上げたのだから、やはりジーコ前監督と違って監督として一流であることを証明したようである。
「賢くなくても」、もっと強引なプレーを期待していた。とくに敵陣において。ゴール前でボールを持ったとき、パスすることよりシュートすることを、シュートがダメら突破することを・・・ それがW杯における日本代表の欠陥だったから。そう意味において、まだまだ物足りない。
いずれにしろオシム体制の確立は、まだまだ先のことになる。それまで、しばし待つことも必要だ。
それにしても監督が一番背が高いというのでは、今後の戦いが心配である。
以前書いたように、次の大会では一層背の高いプレーヤーが、各代表に増えてくるものと思われる。
現状では、とても世界と戦えそうにない。まずは、キーパーとセンターバックに二人背の高い選手を用意しないと、とても決勝リーグへは進めそうにない。
トリニダードトバコ戦を見て、そんなことを考えていた。
中田よ、涙はふくな枯れるまで
2006-07-15
今日の中田君のインタビュー番組を見ていて、幾つかの印象をもった。
まず誰もが思ったように、オーストラリア戦の小野君の投入は、ジーコの判断ミスであった。そもそもが一体彼にどんな指示をして出場させたのか、番組ではそれが解明されていなかった。またあのディフェンスラインの問題も、それを決定し指示することが指揮官たるものの仕事であった。”自由”の名の下に、監督としての基本的な仕事をしていなかったジーコの監督としての失敗である。また中田君が鋭く指摘したように、代表チームとしてのパフォーマンスの不安定さの解消も、その問題点の分析と解決策を模索することこそ、また指揮官の仕事であった。
日本代表にとってジーコの登場が早すぎたのか、それとも日本人共通の精神的欠陥なのか・・・ でもここをこえない限り、ますます世界は遠のいていくだろう。
もし自分がJリーグの監督ならば、今日の中田君の番組の感想を選手達に書かせたであろう。一体何人の選手が、自分の言葉で、自分の考えや思いを書いてくるだろうか?? また番組でも紹介されていたように、オーストラリア戦の敗戦のあとの緊張感のない練習しか出来なかった代表選手たちにも、是非とも感想文を書かせてみたかった。あるいはじっくりインタビューしてみても面白かったかもしれない。もっともインタビューする側に、それだけの技量がある人間がテレビ局にいるだろうか??? あのブラジル戦直後にインタビューした”バカ”程度しかいないのだろうか??? 「疲れて倒れていた」と答えた中田君に、私なら「体が、それとも心が」と尋ねたであろう。そうすれば、彼も本音を語ったかもしれない。
マスコミ関係者は、今回の中田君の引退発表をネットで行ったことに、危機感があるのだろうか???
それは、マスコミが信用ならないという彼からのメッセージである。ネット社会におけるマスコミの位置づけの大変動が、アメリカでは既に起きている。早晩日本でも何らかの変化が出てくるだろう。そのとき君たちは生き延びられるほどの実力があるのだろうか。それとも既得権益をまもるために、ネット社会の規制を指示続けるのだろうか。以前書いたように、もうアメリカでは動画サイトが大流行しているらしい。ひたすら肖像権を盾に、国内でいくら規制しようとしても、ネット社会においては無意味である。それ故に、君たちは生き延びられない。
最後に、日本のスポーツ文化の未成熟さに考えさせられた。野球で言えば、野茂君やイチロー君がそうであるように、日本の選手達はマスコミの対応が下手である。アメリカだと、その分野の専門家がチームにいて、新人の頃にはマスコミへの対応の仕方を教育しているはずである。またその後も、アドバイスを選手に与えたりしているはずである。日本ではついぞそのようなことを聞いたことがない。
有能な選手が自己の心を閉ざして、選手生活を送らなければならないのは、実に悲しいことである。
また様々なスポーツのトップにいる選手達は、彼のメッセージを真摯に受け止めて欲しいものである。
以前ある人のブログに書いたコメントのタイトル「中田よ、涙はふくな枯れるまで」を今日のタイトルにした。
あの笑顔の自分を皆に見せられるような日が来ることを願いつつ・・・
そして退屈な日常へようこそ!!!
まず誰もが思ったように、オーストラリア戦の小野君の投入は、ジーコの判断ミスであった。そもそもが一体彼にどんな指示をして出場させたのか、番組ではそれが解明されていなかった。またあのディフェンスラインの問題も、それを決定し指示することが指揮官たるものの仕事であった。”自由”の名の下に、監督としての基本的な仕事をしていなかったジーコの監督としての失敗である。また中田君が鋭く指摘したように、代表チームとしてのパフォーマンスの不安定さの解消も、その問題点の分析と解決策を模索することこそ、また指揮官の仕事であった。
日本代表にとってジーコの登場が早すぎたのか、それとも日本人共通の精神的欠陥なのか・・・ でもここをこえない限り、ますます世界は遠のいていくだろう。
もし自分がJリーグの監督ならば、今日の中田君の番組の感想を選手達に書かせたであろう。一体何人の選手が、自分の言葉で、自分の考えや思いを書いてくるだろうか?? また番組でも紹介されていたように、オーストラリア戦の敗戦のあとの緊張感のない練習しか出来なかった代表選手たちにも、是非とも感想文を書かせてみたかった。あるいはじっくりインタビューしてみても面白かったかもしれない。もっともインタビューする側に、それだけの技量がある人間がテレビ局にいるだろうか??? あのブラジル戦直後にインタビューした”バカ”程度しかいないのだろうか??? 「疲れて倒れていた」と答えた中田君に、私なら「体が、それとも心が」と尋ねたであろう。そうすれば、彼も本音を語ったかもしれない。
マスコミ関係者は、今回の中田君の引退発表をネットで行ったことに、危機感があるのだろうか???
それは、マスコミが信用ならないという彼からのメッセージである。ネット社会におけるマスコミの位置づけの大変動が、アメリカでは既に起きている。早晩日本でも何らかの変化が出てくるだろう。そのとき君たちは生き延びられるほどの実力があるのだろうか。それとも既得権益をまもるために、ネット社会の規制を指示続けるのだろうか。以前書いたように、もうアメリカでは動画サイトが大流行しているらしい。ひたすら肖像権を盾に、国内でいくら規制しようとしても、ネット社会においては無意味である。それ故に、君たちは生き延びられない。
最後に、日本のスポーツ文化の未成熟さに考えさせられた。野球で言えば、野茂君やイチロー君がそうであるように、日本の選手達はマスコミの対応が下手である。アメリカだと、その分野の専門家がチームにいて、新人の頃にはマスコミへの対応の仕方を教育しているはずである。またその後も、アドバイスを選手に与えたりしているはずである。日本ではついぞそのようなことを聞いたことがない。
有能な選手が自己の心を閉ざして、選手生活を送らなければならないのは、実に悲しいことである。
また様々なスポーツのトップにいる選手達は、彼のメッセージを真摯に受け止めて欲しいものである。
以前ある人のブログに書いたコメントのタイトル「中田よ、涙はふくな枯れるまで」を今日のタイトルにした。
あの笑顔の自分を皆に見せられるような日が来ることを願いつつ・・・
そして退屈な日常へようこそ!!!


