隻手音声 日記 −せきしゅんのおんじょうー

The sound of the one hand 結核・舌ガンに続く肺ガンの闘病後の母の介護の日々の心にうつりゆく由無し事を、そこはかとなく書き付けてみました。

ネタはあるのだけれど・・・・

毎日書くネタはあるのだけれど、この暑さにツイツイ怠け心に寄り切られていた。

まずとりあえず12日火曜日の、東名古屋病院の外来から・・・

前回の血液検査の結果が出ていた。CEAなどの腫瘍マーカーの値は、上昇していなかった。一応安心か?但しCRP、炎症反応の数値が若干高めの0.49なのが気になったくらいである。ちなみに結核時には、この値が10を越えていたので、多量のステロイドの投与となった。

我が家にはスキャナーなどという便利なものがないので、主だった値を以下に列挙することにする。
総蛋白 : 6.9  6.4〜7.9
アルブミン : 4.2  4.0〜5.2
総ビリルビン : 1.04 0.30〜1.20
AST(GOT) : 55  13〜33
ALT(GPT) : 30 8〜42
LD(LDH) : 178 119〜229
尿酸 : 5.8 : 3.6〜7.0
クレアチン : 0.74 0.6〜1.10
総コレステロール : 152 128〜219
LDL−コレステロール : 43 86〜135
カルシュウム : 9.7 8.7〜10.3
クロール : 107 99〜109
カリウム : 4.2 3.6〜4.9
CRP : 0.49 0.00〜0.30
CEA : 2.3 5.0以下
SCC : 1.2 1.5以下
シリアルLex−抗体 : 23 38以下
赤血球数×10^4 : 435 430〜570
白血球数×10^2 : 64 35〜85
ヘモグロビン : 14.6 13.5〜17.0
ヘマクリット : 43.7 40.0〜50.0
血小板数×10^4 : 23.6 15.0〜35.0
MCV : 100.5 85.0〜102.0
MCH : 33.6 26.0〜34.0
MCHC : 33.4 30.0〜35.0
好中球率 : 81.0 42.0〜74.0
リンパ球率 : 9.6 18.0〜48.0
単球率 : 6.1 3.0〜7.0
好酸球率 : 2.7 1.0〜6.0
好塩酸球率 : 0.6 0.0〜1.0
総リンパ球数 : 614 1500以上
血清アルブミン : 4.2 3.0以上

海猿を見ながら・・・

海猿を見ながら、自分の死について考えた。

幸か不幸か、入院中に病院で亡くなる人達に接する機会があった。諸般の事象があるので、詳らかに書くわけに行かないけれど・・・

病院側は、患者の死を隠して、入院患者に気取られないよう処理するものであるが・・・
例えば、葬儀屋さんがお迎えに来るのは消灯後だったりとか・・・

それでも顔見知りの人の場合には、看護師さん達とお見送りしたりしていた。

結核病棟時代なら、古典的な大量喀血によって亡くなった人もいたし、徐々に呼吸困難で亡くなっていく人達もいた。

毎日奥さんを見舞いに来ていた旦那さんが、トイレから続く血のあとと、閉められた病室のドアの前で、何があったのか戸惑っていたり・・・

徐々に呼吸困難になって、吸う酸素の量が増えても、息苦しそうにしていた人とか・・・

厄介な家庭事情に、師長さんの計らいで、長年音信普通となっていた息子が見舞いに来たり・・・その息子さんの差し入れの果物を剥いて食べさせてあげたときの嬉しそうな笑顔とか・・・

段々調子が悪くなって、ナースステーションの隣の個室に移動になった人に、朝「オハヨウ」と挨拶したら笑顔だった人が、次病室の前を通ったら戸が閉まっていたり・・・とか

そして何よりも、お互いこれが最後と分かっていて、病室を訪ねたときに、普段ベッドで寝たきりだったはずなのに、奥さんの肩を借りてエレベーターホールまで見送ってくれ、握手して分かれてたTさんとか・・・

人生に何を望むかといって、「穏やかな死」しかない。
苦しんで死ぬのは勘弁願いたい。
出来たら痛みも無く。

若い頃から切望してやまないのは、流れ弾に当たって突如死が訪れることである。
I’m ready  to die.
死神君よ、いつでもオイで。
もうカクレンボに疲れた。

東名古屋病院の診察に行ってきた

書きたいネタはあるのだが、この暑さでペンディングにしてしまった。などと入力していたら・・・

今ニュースで、もうすぐブッシュ大統領が何がしかの発表をするらしい。日本のバブル崩壊のときは、後手後手になって失われた十年となってしまった。サブプライム問題は、日本がとったような危機にひんした金融機関の国有化まで踏み込まないなら、混迷の度は深まるばかりであろう。

「債権の証券化」が世界経済にもたらす影響の大きさと、明日ドルがコレまで同様に機軸通貨たりえるかの瀬戸際に立たされているのがアメリカの真の姿であろう。誰かが「王様は裸」と言った瞬間から、世界は第三次世界大戦前夜となるであろう。

<<<閑話休題>>>
今日は東名古屋病院の呼吸器内科の毎月の診察に行ってきた。酸素の状態は、相変わらすであった。知り合いの検査技師さんに血ガス検査をしてもらっているときに、「まだ点滴ししとるぞ」などとA嬢の様子を聞く。少し体重が減ってきたので、用心のため血液検査と腫瘍マーカーの検査をお願いしてきた。

診察後、病院内の喫茶店「香久山」で時間を調節して、A嬢の見舞いにいった。アイスコーヒーを飲みながら、彼女宛の手紙を二枚ほど書く。

先日の知多半島の土産をPET検査の報告を兼ねて岩手県宮古市の親戚に送った返礼に送られてきた「かもめの玉子」と「マロングラッセ」のことや、母の近況など書いておいた。

病室に行くと丁度点滴が終わったところで、少し話をしてきた。今月もベッドに座っていたが、先月よりまた痩せてしまっていた。手の甲などのやせ衰えた感じは、痛々しかった。それでもまだトイレまでは歩いていっている様子なので、まだましか・・・・

まだ熱発と、咳に胸の痛みが続いているようで、心配な状態が続いている。薬か利きにくい病気なので、毎日の点滴もすぐには効果を表さないようである。主治医も、炎症反応のCRPの値が高い理由がつかめないようである。

病院敷地内の老人施設のための整地というか、開墾あるいは開拓作業は随分進んでいた。その模様を撮って来た。

五階の病棟から見るだけの開発の様子を、携帯カメラで撮ってA嬢に送ったメールと、彼女かの返事をPCに転送してみた。彼女のメールの絵文字は〓に化けてしまった。直せない事はないけれど、面倒なのでパス。


「病院南のベニヤというレストランの駐車場からの工事の模様。病院の敷地の南側全体を開拓?したみたいだ。かなりの広さです。病院より広い! 痛みとセキが治まるのを願つつ・・・」
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「今メール見ました
〓裏側はすごい事になってるね〓
いつまで続くのやら…笑
今日はありがとう〓
相変わらずの調子でせっかく寄ってくれたのに申し訳ないです〓
暑いからムリしないでね〓」


五階病棟のエレベーターホールからの画像。
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病院南側の駐車場から撮った開発の模様。駐車場周りの草むらでは、色んな虫の音がした。自然がまだ残っているのだか・・・
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その駐車場からの病院の様子と、閉鎖になってそのままになっている看護学校。学校裏には寄宿舎がそのままになっているので、何か活用の方法がないのかと思う。その辺の詰めがないのが、独立行政法人のいい加減さというか、甘さかな。
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本郷〜平針のバス停そばの、トラックなどの入り口。
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病院南側のレストランの駐車場奥から撮った、開発の様子。携帯メールに添付した写真と同じ場所から撮った写真。送電線の処理はどうするんだろう?? 平針駅北側には、大きな変電所があり名古屋への電力供給の中継地となっている。
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病院南のにあったローソンが潰れて出来た、昭和食堂。排菌しなくなって、時々脱走していたとき、よく行ったのがここにあったローソンと、はす向かいにあったアオキスーパーだった。そのアオキスパーもつぶれ、ドラックストアーになったけれど、これまたつぶれて今は釣具屋になっている。

昭和的雰囲気を醸し出そうとしているが、何か恣意的で安っぽく感じる。それでも私が住んでいたころの池袋の雰囲気は、こんな感じだったけれど・・・夜ならそれなりの雰囲気を醸し出しているのかもしれない。

本当の昭和は、生活がもっと地面に近く、猥雑で隠微で、怪しく危険な喧騒に満ちていた。それは街が生きいてた証拠でもあった。
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がん対策センター

今日名大病院の形成外科の外来に行ってきた。受付機の近くのテーブルに、「国立がんセンター」「がん対策情報センター」のパンフレットがあったので、もらってきた。

本人はもとより家族がガンと診断されたなら、こんなパンフレットを読んでみるのも癌と付き合っていく上で、入り口として良いのかもしれない。

「がん」についていろいろ相談できる「相談支援センター」は、全国の「がん診療拠点病院」にあるので、最寄の病院を訪ねてみるのも良いでしょう。

がん診療連携拠点病院一覧

何度も同じことを書くようですが、ガンという病気との付き合いは、イロイロな選択を迫られる病気です。なぜなら特別なタイプのガンを別にすれば、癌による死は通常緩やかに訪れるのだから。
何が自分の人生にとって大切な選択なのか決断するためには、正しい知識を得て、自分の納得できる選択をすることだと思います。
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病気の、あるいは死の「告知」から「受容」へ至る道のりに関しても、簡潔にパンフレットに記述されている。私はどんな時でも、どんな状態でも「告知」されるべきであると信じている。それすら誤魔化して、何の「生」なのか。なんのための治療なのかが、曖昧になってしまう。

「おぎゃぁぁぁぁ」と生まれた瞬間から、確定的で絶対的な未来は「死」である。死に向き合わない生が、ヤヤコヤシイことになるが現実世界の混沌であろう。それは先日死刑が執行された宮崎から、先日の秋葉原の殺人事件の遠因であろう。

我々の生は、ナニモノカの死によって補完されている。もはや日本の風景に馴染んでしまった、ハンバーガーチェーンやフライドチキンチェーンで肉を口にするとき、屠殺された動物達ののことを意識しなくなっている。

それを過剰に意識したベジタリアンですら、仏教的には植物の死によって自身の生を支えていることから逃げられないでいる。

日常生活から死が隠蔽された現代生活で、いざ自身が、家族が、友人知人が死に直面した時、戸惑い右往左往しないためにも、これらのパンフレットに目を通してみるのも良いかもしれない。

貴方にも必ず死は訪れる。
占いや、宗教や、いま流行のスピリチュアルで一時的には誤魔化すことはできても、死は決して解決できないし、必ず向き合わなければならない真実で現実である。

癌細胞とは、過剰な生の絶対的矛盾である。なぜなら細胞分裂の制御を超えたら、そこに死が訪れるのだから・・・・

ガンになったら読むべき本 「がん治療の常識・非常識」

最近出た「BLUE BACKS」の
田中秀一 著
「がん治療の常識・非常識」
は、がん(ガン、癌)になった患者はもとより、家族などにガン患者を持つ人にとって必読の書である。何冊も読んだガン関連の本の中で、コレは秀逸である。

無能・無知なマスコミの癌に関する情報に振り回されることなく、いかに正しくガンとなってからの人生を選択していくかに必要欠くべからざる情報が、丁寧かつ分かりやすく書かれている。

もちろんネット上で検索すれば、それなりの情報が簡単に手に入るが、それを読みこなすためにはある程度の基礎知識が必要である。まずこの本で勉強してから、デジタルワールドを検索することをお勧めする。

ガン患者になることは、人生の選択を迫られることになる。まして現在、日本の主要な死因がガンであるのに、その治療のための基礎知識を学ぶ場がないのが日本の医療の問題であろう。

日本人の苦手な選択を迫られる以上、「どう生きるか」、「どう生き延びるか」か怪しげな情報に振り回されないよう、科学的、論理的に判断できるよう患者本人はもとより、伴侶、家族は勉強しなければならない。この本には、その価値が十分ある。

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目次
第1章 がんは本当に治るようになったのか?
第2章 抗がん剤治療は有効か?
第3章 がん手術の落とし穴
第4章 軽視されてきた放射線治療
第5章 免疫療法と代替療法はほとんど効果なし
第6章 知られざるがん検診のデメリット
第7章 緩和ケアという「選択」
第8章 がんとどう向き合うか?

ブルーバックス

「がん治療の常識・非常識」
患者にとっての最良の選択とは?
著者: 田中秀一

発行年月日:2008/04/20
サイズ:新書判
ページ数:220
ISBN:978-4-06-257597-3

定価(税込):903円 

以下は、書評の引用。


[がん治療 知られざる現実]
「がんは治る病気になった」といわれるが、この数十年間、多くのがんの治療成績はほとんど改善しておらず、がんの死亡率もあまり変化していない。多くの臓器を摘出する拡大手術の試みも目立った成果を残すことができず、進行がんの事実上唯一の治療法となる抗がん剤療法で治るがんは全体の数%にすぎない。一方で、手術に匹敵する治療効果のある放射線治療は冷遇されている。日本のがん医療のいびつな姿を、新聞協会賞受賞の医療ジャーナリストが鋭くえぐり出す。


一人でも多くのガン患者が、この本で人生の選択を正しくおこなわれんことを願いつつ。。。

検査入院 その二

東名古屋病院は名古屋市と日進市の境目にあり、少し前まで自然が豊富であった。名古屋のベッドタウン化が著しく、ドンドン住宅化されてしまい、緑が失われてしまっている。そんな中で、病院内の敷地は、以前のつまり療養所だった頃の自然が残っている。名古屋市内では、アブラゼミとクマゼミ以外の鳴き声を聴くことはないけれど、懐かしいツクツクポウシの鳴き声が多く聞こえた。

AHIMG0231.jpgこんな感じのベッドである。現在標準のヘッドより、ヤヤ狭いように感じる。今の四人部屋より遥かに狭いスペースなのに、六人部屋である。元々は建て替える予定であったのに、あの一連の独立行政法人化騒動で立ち消えとなってしまったらしい。内装の改装と、耐震工事がなされているけれど、基本設計は昔のままなので、決して居心地のいい病室ではない。せめて四人部屋にすれば・・・と思うけれど、それでは経営が成り立たないのだろうし、そもそも規定通りの医師や看護師が確保できないだろうし。

予定通り一時半から検査が始まり、30分ほどで終了して、車椅子にて病室に戻った。二時間ほど、ベットで安静にしていた。その間トイレにも行けないので、尿器にて排尿した。二時間して看護師さんの立会いのもと、用意しておいたペットボトルの水を紙コップで試し飲んだ。むせずに飲み込めたので、それ以後水分摂取がOKになる。あわせて、立ち上がったみてもふらつかないことを確認して、歩くことも許可となる。

AHIMG0228.jpg夕食
お粥、厚揚げのあんとじ、大根の煮物、胡瓜とワカメの酢の物、ミツ豆
この中で食べたのは、お粥と、厚揚げを少々。厚揚げなので、小さくしても食べにくかった。お粥には、生卵をいれた。

AHIMG0229.jpg八時ごろ、昔のように食堂でカップ麺を食べた。こちらにも玉子をいれた。あのときには、お茶を汲みに来た人たちに、「いい匂いだなぁ。今日は何を食べとる?」と言われたことを懐かしく思い出した。

AHIMG0232.jpg朝食
お粥、たらこのフリカケ、鮭フレーク、もやしの和え物、胡瓜、豆腐とワカメの味噌汁、お茶
お粥に玉子を入れて食べたのは、昨夜と同じ。この中で、もやしと胡瓜以外を食べた。

カップのワンタンに玉子を二個入れて、栄養補給する。

朝一で胸のレントゲンを撮り、気胸を起こしていないのを確認して退院となる。

台風の影響がなかったので、外来にきているA嬢を一階で待つ。待つことしばし、診察が終わったA嬢とオッカアと、しばし歓談する。用意してあった、名古屋プリンとCD(アユの新曲シングルとコンピ二枚)を手渡して、別れる。この夏は暑さにダウンしていて、久しぶりの外出だったようである。その為、朝気分が悪くなったとの事なのでオチャすることも止めておいた。少し痩せていたけれど、マアマア元気なようであった。

予定外に名大に返却のCT画像があったりしたので、気胸を起こして長引いたときの用意もしてあった荷物とあわせると結構重たいので、一度家に帰ってから母の病室を覗きに行った。

母に簡単に報告して帰ろうとしたら師長さんに呼び止められて、母の様子を話し合う。認知症の初期ぐらいで、「ナニナニがない」と時々困らせているらしい。「その旨ヨロシクお願いします」と頼んでくる。

検査入院 その一

久しぶりに東名古屋病院のベッドに寝ている。懐かしい感触である。五階西の呼吸器病棟にいる。丁度六年前に居た六階の部屋の下である。

この病棟は、A嬢が二度目の入院の時に長きに渡っていた病棟である。通るとき見かけた感じでは、老人ばかりのようである。

入院手続きが終了したら、さっそく病棟に案内され、看護師さんからの簡単な質問に答えた。次いで採血が四本あり、心電図に、血液の凝固時間のテストがあった。凝固テストは、耳たぶに器具で穴を開け、三十秒ごとに白い紙に血液をふき取って、凝固までの時間を計る。三分ほどで固まった。

今日はS先生か在のため、替わりにT先生が執刀医となり、術前の簡単な説明を受け、同意書にサインした。午後一番の一時半のスタートとなるので、その少し前に唾液の出を止める薬と、喉の緊張を取る薬の注射を受ける。腕の筋肉注射だったので、今日になってもまだ痛む。一応よく揉んではおいたのだけれと。

注射によりふらつきが出るとの事で、タオルとティッシュを持って、車椅子にて放射線室まで移動する。そこで喉への麻酔の噴霧をうけた。医師の吸って吐いて似合わせて呼吸して、吸うタイミングで麻酔が噴霧される。これを二回やり、いよいよ台へ移動する。

目隠しをされ、口にマウスピースをくわえて、いよいよ気管支鏡の挿入となる。挿入途中、さらに喉の奥にゼリー状の麻酔をされた。矢張り喉の奥を通るときが苦しかった。患部の右肺に到達してから一度、体の右側を下にした。

それから、T医師の指示で何度か放射線映像を確認しながらの細胞採取となった。都合四回ほど、「開いて、閉じて」と看護師さんに指示していた。最後にサッカと塗沫検査を行なって終了となった。

実際の細胞窃取は内視鏡に細い管を入れて行なわれた。以前行なったときより痛くはなかったし、肺が引っ張られるような、あの嫌な感じはなかった。ただ一回、細い管が中で違う場所へ向ったときだけ、鋭い痛みがあった。

夕方T先生か病室にきて、うまく目標を捕らえられたと思うとの事であった。

血痰や発熱等の後遺症もなく、一晩を過ごした。今朝レントゲンを撮影して肺がしぼんでいなければ、退院となる。

大忙しの一日

今朝は、早朝より資源ごみを出し、溜まってい自分の着替えの洗濯をし、ベランダの花に水をやり、神棚の榊の水をかえ、仏壇のお茶を新しくして、大急ぎで昨日名大病院でもらったCTと大先生の手紙を持って、東名古屋病院に行った。

CTの映像をみて、S先生と九月に入って直ぐ内視鏡にて生検をする段取りにしてきた。来週早々S先生の外来の日に再度受診して、CTの検討結果を踏まえて、予定をたてることになった。生検の結果が分かるのに二週間ほど掛かるので、九月中旬には『確定』可能な手はずになりそうである。

場所が胸膜の直ぐ近くなので、外から針を刺す方法もあるが(穿刺?)、この場合”something”が漏れ出て、全体に広がる可能性が高いので、避けたほうが賢明との事であった。せっかく早期に見つかったのに、名大で検査を受けようとすると、マダマダ先のこととなりそうなので、これがbetterな選択だと思われる。

夕方巡回に来た母の主治医にも、その旨話しておいた。「ハッキリするまで、ゆっくりしていけ」とのお言葉を頂戴した。助かる。

夕食後の定番の作業をして、家路に着いた。途中、中華料理店で栄養補給してきた。今日朝は時間がなかったので、カロリーメートのチューブのゼリーと缶を二本飲んで出かけた。何とか母の昼食前に病院に着いた。途中コンビニで買った素麺セットを、昼ご飯に食べた。昼間はたいしてお腹に溜まる食事でなかったので、お腹がすいていた。

この中華料理店にも、何度か母の付き添いの帰り立ち寄ったことがあった。嬉しいことに、その料理の量は日本的より多い「本場中国的量」で、一品が結構食べ応えがある。今夜は、かに玉と麻婆春雨に餃子、それを生ビール二杯にて胃袋に流し込んだ。

最悪の場合だと、化学療法を行なうことになりそうである。そのためにも、体力と体重を付けておかなければ・・・
それにしては、財布の中身が淋しいかぎりである。

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人種:名古屋人
言語:名古屋語
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