隻手音声 日記 −せきしゅんのおんじょうー

The sound of the one hand 結核・舌ガンに続く肺ガンの闘病後の母の介護の日々の心にうつりゆく由無し事を、そこはかとなく書き付けてみました。

ベランダ菜園 2

 トマトは順調に成長している。雀達に葉っぱを食いちぎられたりしていたが、この所順調に成長している。随分茎が太くなってきた
収穫を期待しても良さそう???





200604291550.jpg茄子もソコソコ生長している。わき目をつまんで、成長を促している最中である。

共に風の強い日には、日光よりも風の影響を避けるようにしている。



この葉にとまれ

200604291320.jpg昨日(29日)買い物に出かけた折に見かけた春の到来。まだ蝶になったばかりなのか、葉にしがみついていて、携帯のカメラを近づけても逃げようとしなかった。

 随分暖かくなって、小学生など半袖で登校しているのを見かける。少しずつ重ね着の枚数が減っているけれど、少し薄着になるとゾクゾクする。体はまだ弱ったままのようである。今年の花粉は少なかったのか、症状は軽く済んで助かった。

先日A嬢より手紙が来た。二月・三月は度々熱を出していたようである。ことに8.5度か1週間ほど続いて、また痩せてしまったようである。ホッペとオッパイが膨らむように、また愛パックを送ることにしょう。誕生日には、外出して皆にお祝いしてもらえたようでよかった。本当に良く生き延びている。

Air−H MEGE PLUS と McAfee 2006

 先の経緯でMcAfee internet security スイートを導入したら、Air−HのMEGA PLUSが機能しなくなり、たださえ反応が遅いインターネットが、「おぉ〜い」状態になってしまった。

色々試してみるが上手くいかないので、ウィルコム社へ問い合わせてみた。さっそく返事のメールがきた。

『メールでのお問合せ、ありがとうございます。

お問合せの件につきまして、下記のとおりご案内申し上げます。

ご利用のソフトウェアの中にMcAfee Privacy serviceはございませんでしょうか。

誠に申し訳ございませんが、MEGA PLUSはMcAfee Privacy serviceとの併用時に正常に動作致しません。

ご利用にあたってはMcAfee Privacy serviceのアンインストールが必要となりますので、

セキュリティ上の懸念がある場合はMEGA PLUSのご利用を停止頂く事をお勧め致します。

■MEGA PLUS マカフィー・インターネットセキュリティースイート(または、マカフィー・プライバシーサービス)をインストールしたら、
MEGA PLUSが利用できなくなったのですがどうしたらよいでしょうか?

http://www.willcom-inc.com/ja/faq/data/megaplus/32/index.html

以上、宜しくお願い致します。

wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
ウィルコムサービスセンター』

とあったので、McAfee Privacy serviceをアンインストールを実行してみるが、改善されなかった。それならばと、一度全部アンインストールして、再度ウイルススキャンとスパムキラーとファイアーウォールをインストールしてみた。が、結果は同じだった。

「うぅ〜ん」と悩んで、以前の状態にしてみることにした。前のウィルススキャンに戻してみた。だけどそんなことで良くなるはずもなく・・・・・

結局再・再度ウイルススキャンとスパムキラーとファイアーウォールをインストールして、現在使用している。

MEGA PLUSは起動している(?)けれど、圧縮機能が働かないようで依然として「おぉ〜い」状態である。

Air−H でMEGA PLUSを利用している方は、間違っても”McAfee 2006”に手を出していはいけない。どんなに優待版で安くても!!!!

同社のホームページによれば、他にもMcAfeeの製品との相性が悪くてトラブルを起こしているようだ。
http://www.willcom-inc.com/ja/index.html

アナタにおける潤滑油とはなんでしょうか?

今日(28日)はマコト先生の調子がいいようで、以下のようなご下問がありました。

『ゴールデンウイークは旅です。日常生活からはなれ、どこかへ行ってしまいたいという現実逃避こそが、人の精神衛生にはかかせないものです。また、旅に行かなくても、趣味やなんらかの没頭できるものがあるばよいのです。いうなれば日常世界からはなれた現実逃避でもあります。それが一般的にいう潤滑油なのでしょう。その潤滑油は江戸期における茶坊主衆でした。はたして、アナタにおける潤滑油とはなんでしょうか?』

 私には、”日常性からの逃避”というべきなのか、”非日常性による魂の浄化”と呼ぶべきなのか、判別しがたいような気がしています。いずれにしろ、”日常生活において疲れた心は、何処で癒されるのか?”という問題と同質であるように思えます。

仰せの通り、旅は人の心を癒します。日常世界と違う環境での生活が、凍てついてかたまってしまった心を溶かし、再度活発に活動する切っ掛けとなります。いつもと違う風景、人々との交わり、その土地ならではの食べ物・・・・・ また、そこへ至るまでの道のりの車窓の景色。列車の揺れさえが、心を慰撫(いぶ)してくれます。

少し話題がずれますが、昨今の駅弁また空弁ブームは、弁当そのものの美味しさと共に、弁当が連鎖させるそういった非日常性が、ブームを裏側から支えているのかもしれません。

 また人生における潤滑油としての役割を果たしているのが非日常性なら、何かに没頭できる時間も非日常性となります。いわゆる「我を忘れる」時間を過ごすことです。そこには、日常の猥雑(わいざつ)で瑣末(さまつ)な喧騒と無関係な無垢な世界があります。

 その時間をもたらしてくれる契機(けいき)としての趣味も、人生における貴重な時間となります。そのことを極限まで抽象化したのが、いや具象化したのが、茶道における茶室なのでしょう。あのにじり口から入る茶室は、そこに至るまでの小道を含めて、非日常性を演出しているように思える。茶道の隆盛と武家社会の血なまぐさい争いとの関係は、そこで日常の争いで疲れた心を癒すためだったのかもしれません。またよく言われるように、その舞台装置が、一種の胎内回帰のようであるのも、このことを助長しているようです。

 さて肝心の「私にとっての人生の潤滑油は?」というご質問ですが、かつては映画館の暗闇でした。茶室ほどではないけれど、映画館そのものがどこか子宮的で、また暗闇が心を開放してくれました。またスクリーンの異界に感情移入することが、非日常的でありました。自身を主人公に投影することで、誰もが非日常的人物になれた。ヤクザ映画を見た後、みなが健さんになったように。その映画館も今では、かつての様ではないです。防犯のために、明るすぎるのです。もはやそこには”個”というか”心”を消す暗闇がなくなり、非日常がないです。

 次に名古屋人としては、というよりも我々の世代にとっては、喫茶店で過ごす時間が”ホッ”とする時間でした。友達とおしゃべりしたりするのも楽しい時間であるように、一人でタバコをくゆらし、コーヒーの香りをたのしみつつ、備え付けの新聞や雑誌やマンガを読むのも、よい気分転換になりました。それもタバコが吸えなくなり、コーヒーを飲むと後の口の中の手入れの面倒くささに、足が遠のいています。

 君と同様に、就寝前の読書が長年の習慣でした。それも二度の大病で根気がなくなったり、老眼になったり、そして決定的なのが、大好きなスタイルで本が読めなくなったことが、本を読まなくなったことに影響しています。それは、布団にくるまって、うつ伏せになって、スタンドの明かりの中で読むスタイルでした。現在ではうつ伏せになるのは、短い時間ならできるけれど、息が苦しくなったり、腹筋をうしなった側が引っ張られてなんとなく違和感が出てきたりするので中々大変です。そんなこんなで本は買うけれど、ただただ枕元に積み重ねるばかりで、いっこうにページをめくることが出来ずにいます。

 現在も続いているのが、青春時代の音楽を聴くことぐらいです。70’sや80’sのロックやフォークです。かつてそうなりたくないと思っていた、「昔はよかった!」状態です。それだけ弱ったということでしょうか? それとも、そろそろ緞帳(どんちょう)が降りてきたのかもしれません。

 さらに縁あって、君やA嬢のような自分の子供のような年代と、新旧のメールにてやり取りするのが、貴重な時間となっています。

以上、時間が掛かったわりには、君の質問の答えになっていないような気がしますが・・・・・

追伸
ついでに、BLOGにこのまま公開しようかなぁ〜

追・追伸
誤字脱字を修正して、公開しちゃったヨ!

嚥下食(えんげしょく) 1

最近食べたものから

200604251836.jpgひき肉が、多めに入った麻婆豆腐。
最後に、これまた多めにきざんだネギを加えて、少しでも野菜不足を補う。
セットの中のわずかな肉では、とても足りない。
仕上げに、ごま油をまわしいれ風味をつける。



200604270828.jpg本来は、玉子三個で作る所を、二個にしてアンとのバランスをとり、飲み込みやすくする。
フカヒレのコラーゲンも、栄養不足(?)のせいか、いつもよりかさついて痒かった肌の調子を整えられたら・・・ とも思って食べている。



200604271846.jpg永谷園の「もちぷる」豆乳杏仁デザートあんずシロップ付き
元々昔から杏仁豆腐が好きで、大きな中華料理屋に行ったときにはよく食べていた。今はポピュラーな食べ物になったけれど、昔はそうでもなかった。

お菓子を食べられない今、数少ない甘い食べ物。


200604271849.jpgこの所飲んでいる、栄養補助ドリンク(?)

このところ野菜ジュースの種類が増えたのでしょうか。それとも、良く飲むので売り場で見かける機会が多くなったせいでしょうか。いずれにしろ、野菜が食べられない現在では、ありがたい存在である。

 それとマイナス成長から中々反発しないので、毎日牛乳をワン・パックずつ飲むようにしている。結核で体が弱ったときらは、毎食飲んで命をつないでいた。

常温保存可能なタイプなので、入院中も重宝していた。床頭台の中にいくつか常備していた。

McAfee インターネットセキュリティー スイート

200604271843.jpgマコト先生のご忠告を待つまでまでもなく、今日電気店に赴き”McAfee インターネットセキュリティー スイート”を購入してきて、さっそくインストールした。

マコト先生のご忠告にあった、「active x」や「java script」は0FFにしてありました。

入院前に、このノートPCを購入する際、見えにくくなった眼鏡も新しいのにしました。そしたら「老眼です」と無常な判決を申し渡されて、予定していたより遥かに眼鏡代にかかってしまいました。なにせ、ど近眼の老眼ですから、手元用(読書用)と普段用(老眼)の二つを作らなければならなかった。

手元用は、フレームにレンズ代が含まれているのにしても、老眼鏡はそうもいかないので、結局ふたつで八万円弱かかってしまった。予定したよりかかったので、その分PC代を削らざるおえなかった。

当時出たばかりの100Gをあきらめて、80Gの”TOSHIBA dynabook VX/470LS”にした。15.4インチで、DVDも見やすかったので。なにせ助かるにしても、寝たきりになることを想定していたので、なるべく大きな画面が良かったから。

そんなことからウイルスソフトにまわす予算が減ったので、McAfeeのウイルススキャンあたりしか手が出なかった。

今回買いに出かけたら、”McAfee インターネットセキュリティー スイート”が「優待版」ということで安かった。去年買ったウイルススキャンより安かった。なんと¥4740!!

他のにしょうかとも思ったが、開高先生の「途中で馬を乗り換えない」というお言葉がチラリとよぎったので、同じMcAfee社にしておいた。

ガイドブックに従いインストールしたのだけれど、これが中々面倒なことになった。安全性の設定が変更になったので、アレコレ再指定OR設定ないとご機嫌ななめになるソフトがあったりした。Googldisktopとか、Air−Hのメガプラスとか・・・

またダウンロードとUPDATEのために、何度も再起動したりしなければならない羽目になったりした。そんなことマニュアルに一言も書いてないじゃん。ほんとに〜〜

まぁとりあえず、人並みになれたのでしょうか??

どうもブログを始めたことが、スパイウェアーに犯されたさいたる理由のようです。

アフェリエイトのためのブログは、見ないようにしているのだけれど、中にはご苦労さんにもオンマウスで商品情報がでたりするところもある。そんなところから感染したようである。

どうもPCの挙動が怪しくなったのは、ブログを始めて、色んな所を訪ねる様になってからである。

『世界は悪意に満ちている』
といった所でしょうか。匿名性の陰なる部分!
ネット社会の最大の弱点でしょう。

ということで、今日は、というか、十二時を過ぎてしまったので、昨日も疲れた。そして、懐も寒くなった。他にも買ってしまったものがあるので・・・

それは次の機会に・・・・
オヤスミなさい m(..)m goow gooww!

Lavasoft Ad-ware

今日は、スパイウェアのAd−wareをダウンロードして、実行してみた。
http://www.lavasoftusa.com/japanese/software/adaware/

簡単な説明はこちら
http://www.higaitaisaku.com/adaware.html

小生のPCは予算の関係で、完全な防御策があるわけではないので。それほど、アッチコッチ覗いたり、ダウンロードしているわけでもないけれど、結果は驚くものであった。

以下に表示された内容を記すことにする。
スキャン終了時には、
summary
running processes : 59
process modules : 2250

objects recognized : 23
objects ignored : 0
new critical objects : 23

processes identified : 0
modules identified : 0
registry keys identified : 9
resistry values identified : 6
files identified : 8
folders identified : 0

実行結果は、
summary of this scan
total scanning time : 00:36:32
objects scanned : 1776922
objects identified : 23
objects ignored : 0
new critical objects : 23
average TAC : 5500
negligible objects : 30
negligible references : 251

MRU list (30 objects total)
Cns min (15 objects total)
Tracking cookie (8 objects total)

結局、
53 objects will be remove
となってしまった。

ショックである!!!

改装工事 2

 大抵の記事のカテゴリーを、ア・ラ・カルトにしていた。大部溜まってきたので、新しいカテゴリーを作り振り分けた。

育てる(植物)
四季の風物詩
BLOG&PC

ブログ関係が多いのに、自分でも驚いた。まだ未分類が20以上残っているが、いずれまた新たな分類を作ろうかと思う。

あと始めた頃は、ファイルのアップロードが上手でなかったので、綺麗でない画像があったりする。直そうかどうしょうか迷っている。携帯からのモブログだったり、アップロードするときAir−Hの画像圧縮をOFFにしなかったりしたので。

資源ごみ

200604250832.jpg
今日は資源ごみの日であった。一週間分の小生一人分の”紙”である。
ゴミから透けて見える日々の生活である。
ハヤシライス、バター、焼酎・・・


200604250833.jpg
同じ袋の裏側。こちらにはBOXティシュの空き箱が沢山ある。やはり口の中に溜まった唾液を拭いたり、飲食の後の口の中をきれいにしたりとか、日々沢山のティシュペーパーを消費している。


春はきぬ

200604241104.jpg
昨日(4/24)夕餉の支度のための買出しで見つけた春。
チョウチョと蜂が飛んでいたげれど、シャッターチャンスはなかった。




200604241015.jpg
ここ名古屋では、いつもより早いのか遅いのか不明であるが、例年よりつつじの花は多く咲き誇っているようである。




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canon Easy−WebPrint スクリプトエラー

きのうは、このスクリプトエラーに苦労させられた。

久しぶりにネットで調べモノをして、資料をいつものようにプリントしようとしたら、「internet Explorer スクリプトエラー」の表示と共に、フリーズしてしまった。

初めは何事が起こったか理解できず戸惑った。タスクマネージャーからExplorerを終了させて。再度同じ事を試みたら、同じ現象となった。どうやら何かのバグなのは理解できた。このページをプリントしょうとしたときの特別な現象なのかどうか、他の所でもプリントを試すと、また同じ現象となった。

ならばプリンターに何らかの問題があるのかと、普通のプリントを実行すると、ページの一部ながら、以前と同様に終了できた。それで、どうやら「Easy−Print」に何か問題がありそうだと辿り着いた。

それではと、ツールバーのEasy−Printをクリックし、リンクからCANON社のページを見ると、

”Easy-WebPrintからの印刷時にスクリプトエラーが表示される現象について”

があった。

これを読んでから、初めはダウンロードの所の「インジェクトプリンター 自動インストール」を選択して、一連の手順を実行してみた。

また問題を起こしたときと同じ事をしてみたら、同様にフリーズしてしまった。ここで大いに悩んだが、何処か手違いがあったのか、再度自動インストールを実行して、テストすると、やはりフリーズしてしまう。ここで又々悩んでしまった。

「いったい何がいけないの???」

「そんなに嫌わなくてもいいじゃん!」

とか思ったが、ここは一つ基本に返って、もういちどCANONのホームページをシッカリ読むと、

■対処方法
本現象については、Easy-WebPrint Ver.2.6.3以降で対応します。弊社ダウンロードサイトより最新版のEasy-WebPrintをダウンロードの上、インストールを行ってください。(Easy-WebPrintのダウンロードサイトは”こちら”)

Easy-WebPrintのダウンロードからインストールまでの手順は、”こちら”でご案内しております。

おいでおいでと、「こちら」の文字があるではないか。

そう「Easy-WebPrint」というアプリケーションを更新しなければいけないことに、やっと気づいた。ちなみに更新用のバージョンは”2.6.3”で、自分のところを確認すると”2.5.1.6”であった。

ホームページに記載されていた手順は、不慣れな小生には分かりにくかったので、以下の手順で行った。

(1)まず更新プログラム用のフォルダーを用意する

(2)「こちら」から、Easy-WebPrintの最新版を「保存」を指定して、用意したフォルダーにダウンロードする。

(3)そのままInternet ExplorerのツールバーのEasy-WebPrintをクリックし、アンインストールを選択実行する。

(4)アンインストール終了後、Internet Explorerを終了させる。ついでに、他の動いているものも、全部終了させておく。

(5)マイドキュメントを起動させ、ダウンロードしたプログラム”ewp263”をダブルクリックして、まず解凍させる。

(6)つづいて、解凍された”setup.exe”をダブルクリックして、実行させる。

(7)指示に従い、再起動を選択する。

以上にて、やっと修正することが出来た。

CANONさん、言葉を尽くしているようですが、肝心な結論が最初に明示されていない。すなわち『現象と、その解決法』が。

『Easy−WebPrintからの印刷時にスクリプトエラーが表示される現象の解決には、アプリケーションソフトEasy-WebPrintの最新版をダウンロード・インストールして下さい』とでも。

それからあの表現では、「自動インストール」が解決を行えないのは、御社の手違いですか?? そうしないorそうできないような、技術的問題でもあるのでしょうか???

それにしてもゲーツさん、苦労させられました。先日まとめて一連のwindowsの脆弱性解消の更新を行った影響でした。ただせさえ細身なのに、身を削る想いをさせられました。

そんなこんなで、昨日はBlogを書く余力がありませんでした。

最後に、最新版Easy-WebPrintは、以前より高速になったように感じました。

以上報告終わり。

je fatigue!!

おたのしみ

現在では数少ない楽しみの一つである晩酌に、良く飲んでいるのが米焼酎である。今世間では、いも焼酎が流行のようであるが、以前からスッキリした米焼酎が好きであった。
200604230817.jpg「よかいち」の榊莫山先生の筆になる

花あるときは 花に酔い
風あるときは 風に酔い
酒あるときは 酒に酔ふ


そうありたいと、嗜(たしな)んでいる。

開高先生のお言葉ではないけれど、

”S P I R I T”

を飲んでいることになる。

すなわち、
精神 心 霊魂 聖霊 であり、
気分 元気 勇気 気骨 であり、
精神面からみた人間 のことであり、
強い蒸留酒 のことである。

シンクロニシティー

200604222021.jpg
 今日は珍しく、病院で知り合ったM君から連絡があった。結核で入院していたとき、同室だった青年である。ロック少年でよく話の会う相手だった。”KINKS”や”DOORS”が好きな、”OASIS”と”ERIC CLAPTON”と”ROLLING STONES”をこよなく愛する青年だった。彼は、生まれる時代を間違えたくらいだった。

そんな彼から久しぶりにTELがあった。かなり聞き取りにくいようだったけれど、何とかお互いの近況を話し合えた。こちらも大変だったけれど、彼も尿路結石と帯状疱疹になったそうである。三十代となり、色々ガタがきはじめたようである。

最後に会ったころは、丁度二十代に別れを告げる頃だったので、「三十代になると、世間の風は冷たくなる」とアドバイスしておいた。その頃の彼は、プー太郎だった。どこか中途半端な遊び人で、当世の若者の「行方定まらず」だった。現在は実家に帰り、「ヒッキー」らしい。相変わらず夢見る少年で、現実的でない。

 今日は、メールで連絡しあっていた別のM君と会う予定で出かけていったのだけれど、うまく出会えなかった。一応小生の風貌を伝えてあったので、簡単に見つけてもらえるはずだったけれど、上手くいかなかった。あとになって気がついたのだけれど、自分自身を写メで送っておけばよかったのである。愚かであった!! 本来なら、「友あり 遠方より来る また楽しからずや」となるはずだったのに、残念である。
あっ、そうだ忘れないうちに送ろう。

只今送信完了。

その帰り道立ち寄ったCDshopで、”Led Zeppelin Remasters”の限定版スペシャルプライス¥2400を買ってしまった。これと同じのを結核入院時病院でも聞いていた。先に退院するM君に、記念にプレゼントした。

そしたらその彼から、連絡があった。ユングは、この様な不可思議な偶然の一致を『シンクロニシティー』(共時性)と呼んでいた。今、そのツェッペリンを聞きながらこれを書いている。

今日は、不思議な一日となった。だから生きているのは楽しい???

久しぶりのツェッペリンは、最高である。

もう一人同室だった、農水省のM君は元気にやっていますか?? あのときの「タケチャンマン」は、自民党の幹事長です。今は牛肉輸入再開に奔走しているのだろうか・・・・・

浜崎あゆみ

200604211039.jpg
 A嬢への愛パックには、彼女がファンだというayuのDVDも用意した。2000年のconcert tour 第一幕と第二幕、ビデオクリップ集。それに最新の2005−2006 countdown liveを追加しておいた。聖書に例えるなら,ジェネシスとアポカリプスを一緒に読むようなものカナァ。

買い取り王国とゆう店を、買い物のついでに覗いて見ることがある。時折掘り出し物のCDがあったりするので。先日ayuのDVDが三枚だけ大変安く出ていた。同じのも売っていたが、そちらは普段よく見かける値段だった。

この髪型の彼女を見て、A嬢が入院が長くなって髪を切れずにいて、同じ様な髪型だったのを思い出した。丁度誕生日の贈り物に迷っていたので、これ幸いとgetした。またレジ前に、小さな瓶のタイプのコロンやパフュームがあったので、それらしいブランド名のを一緒に購入しておいた。

送る前に見たら、最後に歌う「WHO・・・」を聞いているうちに、涙があふれ出てきた。聞いていて、自分の病気のことや、あの日のA嬢のことなどが想い出されてならなかった。最後の曲に彼女が選んだだけあって、特別の想いで彼女も歌っているようであった。そこには『あゆみ』ではなく、『歩』の部分が多く出ているようだった。

以前からayuの新曲が出るとA嬢に送っていた。送るばかりで、聞いたことがなかったのでor耳にしても印象に残っていなかったので、「BEST」を入手して聞いてみた。

そしたらこの「WHO・・・」が一番気に入った曲だった。repeatで聞くと、曲の前後が雨だれの音のように聞こえて繋がっているように思える。そこにリコーダーのような彼女の声がよく合っていた。DVDのラストに流れるような編曲は、この曲における彼女の持ち味を殺しているように感じた。ちなみに彼女の曲の中では、「memorial address」も気に入っている。

200604211033.jpg200604211034.jpg

 ayuの歌詞の特徴の一つである『キミ』と『ボク』は、『あゆみ』と『歩』の心内会話のように思える。曲により『ボク』が、『あゆみ』であったり、『歩』あったりするけれど。
この二人の関係をよく表しているのが、この後も度々登場する左右対称の写真である。聞き手は、この心内会話の主人公に自分と恋人、あるいは自分とペルソナを投影することが出来る。それが彼女の描く世界の特徴のひとつのように感じられる。

彼女については、病気になる前に考えたことがある。いずれ日をあらためて・・・・・

乞うご期待!??

舌ガン 名医 名古屋 で検索された方へ

 私を手術した先生のお名前をお教えしたいところですが、色々差し障りがあるので、お名前をここでお教えするわけにいきません。

これからメールフォームのプラグインを設置してみます。よろしければ、そちらからご連絡下さい。

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名古屋限定 KITTY


 明日二十二日は、A嬢の誕生日である。小生にとっては、特別な女性である。それ故、外出のままならない彼女に、折をみて愛パック(=ゆうパック)を送っている。

 このところ続いているのが、KITTYシリーズである。何か一品KITTYに関したものを送っている。今回は、彼女の入院中診察に病院にいくときによく持っていた名古屋土産の菓子にちなんで、名古屋限定のKITTYの麺にしてみた。

 名古屋名物「味噌煮込みうどん」と「きしめん」である。残念ながら食べたことがないので、中身がどうなっているか分からないけれど、プラスチックのKITTYの絵柄の割りとシッカリした入れ物になっている。興味のわいた方は、クリックしてじっくりと観察してみて下さい。

本当にKITTY関連には色々な商品があり、サンリオさんはシッカリもうけているようである。

購入したのは、名古屋駅前の松坂屋の一階の土産物コーナーである。一緒に売っていた「オッパイプリン」も入れておいた。
img10171277813.jpg
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(注)オッパイは、マコト先生の作品から転用、お許しあれ!!

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新外来棟

200604201132.jpg
今日は形成外科のほうに行って来た。ついでに入院中お世話になった言語療法士さんのところへ遊びに行って来た。新年度になり、新しい外来棟のほうに移動したので。以前に比べて遥かに広いスペースとなっていた。古い体制のところで、新たな事を始めて認められた豪腕(?)じゃなくて、細腕の持ち主である。

ついでに新外来棟の二階の様子を何枚か取ってきた。さしさわりのなさそうなところを・・・・・
200604201204.jpg
廊下すぐ横に、受付カウンターがあって、ソファーが並び、その奥にピアノなんかあったりした。自動演奏するそうです。その上が二階上の外来の天井まで吹き抜けになっている。

療法士さんによれば、建物を建てるのに予算を使いすぎ(?)たせいか、移転もままならないようである。夜は閑散として怖いくらいといっていた。まだ廊下の電気も全部点灯されないので、昼でありながら薄暗い。
200604201201.jpg
大名商売というか、計画性がないようである。建物さえ建てれば何とかなるとでも思っているのでしょうか。移転のことは、考えていもないのでしょうか。エライサンの考えることは、普通人には分かりません。それとも、専門バカで常識的思考さえ出来ないのカナ。

診察は新人君が同席していたので、見せてあげた。百の言葉より、一つの現実。入院中から、なるべく研修生がいるときには、手術の痕を見せるようにしている。

Bon appetit 6

 この所ハヤシライスばかり食べてたので、今夜は「CookDo 広東式麻婆豆腐 極上金華火腿使用」を利用して作ってみた。
200604191907.jpg

豆腐はなくて、ひき肉をいためてネギのみじん切りを多めに加え、後は「Cook Do」を混ぜて、最後にとろみの素を混ぜて出来上がり。豆腐なしの麻婆飯???といったところでしょうか。美味しいです。



200604191921.jpg
それにインスタント味噌汁をつけてみました。具は袋に入ったままで、よくつぶしてあるので細かくなっている。とくにこれは、ネギと麩しか入っていないので、つぶしやすく飲みやすい。



お勉強!

 マコト先生! やはり入門書から入らないと、ライブラリーを読んでもよく分からなかったです。一番簡単そうなのにしてきました。
200604191320.jpg

「かんたん プログラミング
 Visual Basic 6 基礎編」
技術評論者 川口輝久+河野勉 ¥1980+税



現在最初の例題をやりながら、アッチコッチをいじくり回して、使い方に慣れている最中です。当面の目標は、『百マス』のprogramの作成です。

『マス』を百回出来るように、エッチ画像を自動的に・・・・・

じゃなくて、川島先生の『百マス計算』の練習が出来るようなprogramの作成です。画面上とprint−outぐらいできるようにしたいです。四則演算の指定ができて、桁数も意のままに等々、考えています。

気長にまってもらえたら、完成品をお届けします。出来栄えを批評してもらえたらな・・・・・・ と日々勤しみ励んでおります、デス!

ですが、大きな問題があります。そう、老眼になってしまったので、字を読むのが大変です。screen上の場合、指定出るならフォントサイズは大きくしてあります。本の場合、寝転んで読もうとすると近眼鏡だし、少し放して読もうとすると老眼鏡だし、面倒でしょうがないです。

いずれにしろ、blogを始めて以来、次第にテレビを見る時間が減っています。本当に最近の番組は面白くないです。デジタル化して、いったい何を放送したいのでしょう。もののついでに未来予測するなら、blogの登場により個人による「活字出版(写真を含む)」が始まったように、次は『個人放送』になるのは間違いないです。

すでにハイビジョンの家庭用機器が発売され、PC上で簡単に編集可能な時代になっています。ブロードバント環境も急速に整備されつつあります。そうなれば、誰でも自分の作品を発表したくなります。

放送の未来は、「有料のCMなし」と「無料のCMあり」に二分されるでしょう。誰もが放送局になれる。それがネット社会の当然の進化の筋道だと思います。区別があるとすれば、「ライブ」なのかどうかだけでしょう。

今ある、ただ東京の放送局の番組の中継だけしているような地方の放送局は、もはや何の存在価値もない。自前の番組を作れないなら、個人の放送局にその存在を取って代わられるでしょう。

テレビと共に育った世代としては、面白い番組を期待しています。だけと今回の「アイフル」の問題にも顕著なように、日本のマスコミは自己批判しません。いやしくもニース番組を放送しているなら、前々からただの高利貸しに過ぎないインゴウ金貸しのコマーシャルをどうして放送したのでしょうか。サラ金時代と何らそのやり口が変わっていないのに。それともテレビ局の取材能力とは、その程度に低いのでしょうか? 民主党並みに??

未だに戦争責任についてさえ反省しない日本のマスコミに、期待はしていないけれど・・・・・

東名古屋病院

200604181019.jpg
 今日は、呼吸器の方の診察。ついでに病院の写真を取ってきた。携帯のカメラでの遠景なのであまり綺麗とはいえないけれど・・・・ クリックしてちょ。

私が入院していた当時は、まだ昔の面影を残していて、病院の上の看板は、「国立療養所」となっていた。
200604181022.jpg
現在は、
独立行政法人国立病院機構
東名古屋病院
という、オドロオドロシイ名前になっている。

http://www.hosp.go.jp/~tomei/

古くなったので建て替えの話もあったようだが、例の合理化のあおりをうけて中止になったようだ。現在は東側の耐震工事が終了し、西側の耐震工事が続いている。あわせて古い病棟の内装も新しくしているようである。ここの六階の西・東と七階の西が結核病棟である。

私が入院したときには、丁度西六階結核病棟の内装工事が終わったばかりの時に入院したので、それほど驚かなかったけれど、古いままだった東七階病棟を覗くと、少し前まで本当にこんな所に十年もいたのかと思うほど悲惨な状態であった。

現在結核病棟は、厚労省の多大の配慮のお陰で各病院で廃止となり、名古屋近郊でも少なくなっている。東名古屋病院は、かろうじて名古屋市に属するほど、元々不便な所であった。近年宅地化が進み、周りの山々から木々が失われてしまった。入院中、古くから病院のことを知っている人に聞いたのだけれど、少し前まで病院入り口にはタヌキが餌をもらいに来ていたそうである。今は、ネコが入院患者に餌をもらっていたりしている。また近所の田畑には雉がいたそうである。やはり結核の療養所ということで、それほどヘンピな所だったようである。

 耳たぶ血による血ガスの結果は、So2=95.1、Po2=74.3と最高値を示すも、PCo2=43.4とこちらも最高値だった。体がマイナス成長したので何とか酸素は足りているが、排気がわるいのか炭酸ガス値が上昇しているようだ。皮弁のために左の腹直筋がなくなって、すこし腹式呼吸がしづらくなったせいかもしれない。

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病院入り口よりの駐車場方面の景色。まだ自然が残っている。奥の山の中に、散歩コースがある。「梅森」の地名が示すように、かつては梅の木が多かったようである。病院敷地内のリハビリ学校の前には、梅の木が沢山植えられている。また、古くからいる看護師さんによれば、以前は桜の木も沢山あって、季節になると見事だったそうである。病院内の道路や駐車場拡張にともない、随分切られてしまったそうである。写真奥に見えるのも、桜である。

青春のうた 6

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 小坂明子の「あなた」を聞いたのは、高校生の頃だった。彼女のこの曲のファンだった友達もいた。嘉門君が言うところの「小市民的」で好きになれなかった。後に平松愛理が「Yシャツと・・・・」で描いたのと同じ様な、少女趣味的or理想的世界なのかもしれない。最も小生からは遠い世界観である。
 あの「NANA」のアニメが始まった。二話見たけれど、まったく面白く感じられない。多分これも同様な世界観にもとずいているのだろうなぁ。ただ少し今日的色彩で・・・・・

 ペト゜ロ&カプリシャスのヒット曲「ジョニーへの伝言」と「五番街のマリーへ」は、心に残っている。あの阿久悠&都倉俊一コンビの作品であるが、ピンク・レディーの頃に比べると、遥かに”普通の”都会人の哀愁を捕らえていたように感じる。演歌が、漁村や農村や飲み屋街しか描いていなかった中、フォークソングと同様な心象風景を感じていた。

 アリスの曲の中で、この「遠くで汽笛を聞きながら」と「今わもうだれも」の二曲を聴くと、大学を卒業したときのことが思い出されてならない。友達はそれぞれの故郷に帰っていく中で、東京にとどまることしか出来なかった故郷喪失者は、心に隙間風が吹きすさんでいた。イルカの歌う「なごり雪」(伊勢さんすまん!)とともに、小生にはあのときの孤独感を呼び覚ます。

 それとともに、親友だった矢野君を思い出してしょうがない。まだ元気でいるだろうか? 最後の最後まで東京の小生の部屋にいてくれて、博多での新たな社会人としてのスタートギリギリまで付き合ってくれていた友人です。
 多分人生の中で最も小生を理解してくれた人でした。彼は祐天寺に住んでいて、小生は江古田に住んでいた。お互いの部屋に泊まりあったり、共に映画ファンだったので大学近くの名画館で時をすごしたりした。寒い冬、「ニッカツ」(宮沢順子や美保じゅんの頃)のオールナイトを見に行き、小生の部屋に帰って30分ほどでウイスキーのボトルを空けて、凍えたからだが一気に温まり酔いが回り、翌朝二人して「布団引いてくれたありがとう」といいあったけど、どちらもその記憶がなかったり・・・・・

矢野、もしこれを読んだなら、是非コメントしておくれ!!

またアリスのもう一面である、はじけるパッションも嫌いではない。「はじめの一歩」じゃないけれど、年間300本という脅威のライブをこなした彼らのエネルギー炸裂する曲も。

 毛沢東・周恩来・田中角栄の三人についても、色々なことが思い出される。小泉君の独断専行をとやかくあげつらっているけれど、田中角栄に比べたら、まだまだ・・・
 日中国交正常化を果たせたのは、角さんと周恩来先生のお陰である。 周恩来先生なかりせば、現在のような日中関係はなかったと思われる。このところギクシャクしているけれど・・・・
 また実際の交渉をしていたのは、あの「ア〜ウ〜」の大平さん達であった。「交渉の難しいことは、頭のいい君達に任せた」と、角さんは日々「カンペイ」していた、なんていうエピソードを思い出した。

 もし周恩来先生がいなければ、四人組によって中国はもっと悲惨なことになっていたかもしれない。失われた十年という意味では、日本のバブルより損失は大きなものがあった。下放や喫人事件などなど未だに深く傷痕が残っている。「多くの謎と闇につつまれてたこの現代史の重大事件」に「歌舞音曲」が関係しているとするなら、やはり孔子先生のことを連想せずにはいられない。孔子先生のいう「礼楽」を。

 それからあの四人組裁判の映像で、江青女史が「から揚げにして食ってみろ」と叫んでいた。それは本当に文革の騒乱の中にあって、中国の伝統が人々の心の中で蠢動していたことを、端的に表しているようだった。ちなみに中国批判ではないです。『歴史問題』と思っています。

それにしても、過ぎ去りし日々が懐かしいのは、人生の黄昏のせいでしょうか? 
もう残された時間は少ないのかもしれない。
この幻想は、走馬灯の影絵なのでしょうか??


「サムあの曲をやって頂戴」
「あの曲というと・・・」
「♪ラ・ラ・ラ、ライ〜」
AS TIME GOES BY
暗闇で見た名画より 

結核百科 1−1

結核とはどんな病気か

(注)少し古いので現状とはずれがある部分も有りますが、分かりやすく大変参考になりました。現在の標準治療が成立するまでの過渡期に当たりそうです。

追記)07/07/10
拍手、有難う御座います。

コンナ辺境の地までようこそおこし下さいました。もし結核患者の方なら、長期間の抗結核薬の服用となりますが、退院後も毎日キチンと服用することをお奨めします。とくに昨今は、入院期間が短縮傾向なだけに。それが出来ず、再入院する人も結構いるので。

もし看護師さんなら、危険な病棟での勤務ご苦労さんです。防護マスクを隙間なく着用して下さい。どうしてもお年寄りの患者が多く、患者の口元に顔を近づける機会が多いだけに、感染から発病にいたることも間々あります。睡眠不足は職業病なだけになんとも仕方がゆえ、栄養摂取に気を配り、免疫力が衰えて発病にいたらないようされたし。
 
<結核と結核菌>

*結核は慢性の伝染病
 結核は結核菌によって起こる伝染病です。確かに結核には、赤痢などの急性伝染病の場合に感ずるような「伝染病」という感じはありません。いつ感染したか、いつ発病したかわからず、感染から発病までの期間が長いことが多いので、伝染病と感じにくいのです。
 しかし、一人の患者が周りの友人や同僚に結核をうつし、結核の集団発生を起こしたという報告は、いまでもときどき聞かれます。日本の結核蔓延状況がよくなったので、むしろこのような例が目立つようになり、増えてきたようにみえるとさえいえます。が結核菌によって起こる伝染病であるということは、常に忘れてはならないことです。
 一度発病すると、他の病気にくらべて長期間の治療が必要ですし、治療を終わってからも、三年くらいは経過を観察し、再発がないことを確かめなければなりませんのため、発病から治癒までに一年から三年くらいかかるのは普通のことです。治るにしても、再発するにしても、非常に長い経過をたどる慢性の病気であるということも、忘れてはならない結核の特徴の一つです。
 結核の治療を始めると、病気は治っていなくても、症状だけが比較的早くなくなります。また、病気が軽いうちは、症状がまったくないこともしばしばあります。このため、結核かどうか、また治療がうまくいっているかどうか、症状だけでは判断できません。
 しかし、まだ治療を始めていない結核患者では、せき、たん、発熱、胸痛、喀血などなんらかの症状をもつ人が多いようです。ですから、せきやたんが二十日も続いているのによくなない場合などには、胸のエックス線検査やたんの検査が必要です。特に患者の家族でせきやたんが続く場合や、結核回復者でせきやたんが続く場合などには、早く検査をすることがたいせつです。

*結核菌とは

・ゆっくりした増殖
 結核のもととなる結核菌はもっとも下等な植物の一種です。身の回りに見られるもののなかから結核菌に近いものといえば、かびがあげられるでしょう。病原菌では癩菌が結核菌と同じ仲間です。

(注)定型抗酸菌とは、結核菌と癩菌をさす。また抗結核薬のリファンピシン(RFP)は、癩菌の特効薬でもある。

 結核菌は棒状をした細菌です。ほかの細菌と同じく、非常に小さいもので、普通、長さは2〜4ミクロン、棒の直径は0.2〜0.4ミクロン程度の大きさです(1ミクロンは1ミリの1000分の1)。もちろん、自分からは動きまわることはできません。
 ほかの細菌にくらべると、結核菌は増殖が非常に遅い菌です。赤痢菌や大腸菌などは20分に一回くらい分裂して増えるので、一個の菌が、一日で目に見えるほどの大きさの塊になります。これに対し、結核菌は条件がよいときでも、10〜15時間に一回分裂するだけです。一個の菌が見える程度の大きさに増えるには4〜8週間もの長い時間が必要です。たんの中に結核菌があるかどうか培養でみるのに、4〜8週間もかかるのはこのためです。

・強い抵抗力
 結核菌は細菌のなかでは抵抗力の強い菌です。結核菌は蝋のような物質で全体が包まれ、なかなか死にません。消毒用アルコール、クレゾール石けん液、石炭酸水などで殺菌するには、はだかの結核菌でも五分くらいの時間が必要です。たんの中の結核菌は、たんに保護されているので、なお殺菌しにくくなります。
 低温、乾燥に対しても結核菌は抵抗力が強く、低温ではどんなに長い時間でも平気ですし、乾燥させても三か月以上も生きています。
 では、結核菌がついたものを消毒するにはどうすればよいでしょうか。結核菌は薬品に対して抵抗力が強いので、薬品で消毒することはなかなか困難です。不要なものなら焼いてしまうのがいちばんですし、五分以上煮沸して消毒するのもよいでしょう。
 また、結核菌は直射日光に対しては抵抗力が弱く、強い直射日光に当てれば、表面についた菌は数分以内に死滅します。衣類やふとんについた結核菌は、充分に日光に当てて消毒するようにしてください。
 
<結核の感染と発病>
 
 結核の感染を防ぐため、食器を煮沸消毒する人もありますが、結核が食物や食器からうつることはまずありません。伝染は、もっぱら呼吸の際に結核菌を吸い込んで起こります。せきをすると そのしぶきは二メートルくらいまでは飛びます。たんの中に結核菌が出ている患者がせきをした場合、結核菌もしぶきと一緒に飛び散ります。これを吸い込んで人から人にうつるのです。
 
*肺とリンバ節に起こる初期変化
 結核に感染していない人が結核菌を吸い込むと、吸い込んだ場所には小さな病巣ができます。結核菌はここで増殖し、一部の菌はリンパ液の流れに乗って肺門リンパ節に運ばれ、ここにも小さい病巣をつくります。肺の中の小さい病巣と、リンパ節の病巣は必ず一対になっているので、この両方を合わせて「初期変化群」と呼んでいます。
 この病巣はどちらも非常に小さいので、エックス線写真をとってもたいていの場合写りません。肺にこんな病巣ができても、痛くもかゆくもないし、もちろんせきが出たり、熱が出たりもしないことが多いようです。たとえ熱やせきがあっても、普通のかぜと区別がつかないので、エックス線写真や症状では、結核にうつったかどうかわかりません。外から見てわかる変化は一つだけです。それはツベルクリン反応が陽性になることです。去年までツベルクリン反応が陰性だった人が、BCG接種を受けないのに今度陽性になったとしたら、その人はこの一年間に結核にうつったことを示しています。そして、肺の中には、先に述べた初期変化群という小さい病巣ができているのです。
 
*感染者の大部分は発病しない
 結核菌が入り込んだ場所では、初めのうちは結核菌が増え、体の側から防衛にでた細胞はやられてしまいます。細胞が負けてしまったところをみると、ちょうど生チーズのような感じがするので、このような変化を「乾酪化」、「乾酪変性」といい、その病巣を「乾酪巣」と呼んでいます。乾酪とはチーズのことです。

(注)現在は”結核性肺炎”であるが、この時代は”乾酪性肺炎”と呼んでいた。

 しかし、間もなく体の側にも免疫ができるので、乾酪化した病巣は線維で包まれ、結核菌はその中に閉じ込められます。この病巣は「被包乾酪巣」と呼ばれています。
 さらに時間がたてば、乾酪化した部分はしだいに水分を失ってかたくなり、石灰が沈着しはじめます。そして最後には結核菌は石灰の中に閉じ込められてしまいます。こうなれば結核菌がここから出ることはまずありませんので、治ったといえます。初期変化群は多くの場合、こうして治ります。
 エックス線写真で、肺や肺門リンパ節に小さい「石灰化巣」だけがみられる人があります。これは、こうして治った初期変化群がエックス線に写っているのです。
 普通、初期変化群はこうして治ってしまいます。このため、感染して、肺の中に病巣ができていても、病気とはいいません。結核にうつった人の八〜九割は発病しないですみます。しかし、感染を受けてから一・二年の間は、この小さな病巣から結核が広がる可能性がやや高いので、感染後まだ時間がたっていない子供の場合には、発病を防ぐためにヒドラジドというクスリが使われます。「予防内服」と呼ばれています。六か月間クスリを使えば、発病の危険が半分以下になるので、結核にうつったことが確かめられた小・中学生や乳幼児では、クスリをのませるようにしてください。
 
*初感染結核症
 一部の人では、初期変化群が簡単に治らないほどの大きさになることがあります。この場合は、初感染結核症や肺門リンパ節腫脹などの病名で、発病したものとして扱われます。小さい初期変化群は治りやすいと述べましたが、大きい場合には、病巣は崩れやすく、空洞をつくったり周りに広がったりすることもしばしばです。
 肺門リンパ節腫脹も大きい場合は、一個のリンバ節だけの腫脹ということは少なく、次々と多くのリンパ節に結核性病変ができています。このときは、あとで述べるように血液の中に結核菌が入り、粟粒結核症や結核性髄膜炎を起こす危険もあるので注意が必要です。
 最近では、初感染結核症は非常に少なくなりました。しかし、もし初感染結核症と診断された場合には、肺内で広がる可能性も、肺以外の場所に広がる危険も少なくないので、充分に治療を行なうことが必要です。

*ツベルクリン反応の大きい子は発病しやすい
 一部の人では、初期変化群自体は小さかったのに、結核菌をこの中に閉じ込めきれないで、ほかの場所に病変が広がってしまいます。こうしてできた病巣は、小さくてもなかなか治らず、ずっとあとになってこの病巣からさらに広がり、発病することも少なくありません。
 感染から発病までの期間は場合によっていろいろです。初期変化群が大きい場合は、感染と発病は同時ということになります。初期変化群から二次的に発病するときには、感染から一年以内のことがもっとも多いのですが、五年、十年、ときには二十年以上たって発病する場合もあります。
 どんな人が発病し、どんな人が発病しないですむかは、今でもわからない問題の一つです。しかし、子供では、ツベルクリン反応が大きいほど、その後、発病しやすいということがわかっています。もちろん、ツベルクリン反応が大きい人でも、発病しないですむ人のほうがずっと多いことはいうまでもありません。
 しかし、ツベルクリン反応が(+++)の子供は、(+)の子供にくらべると三倍も多く発病します。このため、ツベルクリン反応がある程度以上大きい中学生以下の子供には、発病予防のためにヒドラジドが投与されることがあります。ことに、排菌している患者と接触していた中学生以下の子供で、ツベルクリン反応が大きい場合には、予防投薬を行なって、発病を防ぐことがたいせつです。
 大人の場合にはツベルクリン反応が大きくても、子供の場合のように発病率が高くなるとはいえません。健康診断のときに、必ず検査を受けるように注意すれば充分でしょう。
 
*慢性肺結核症の発病
 今までなんともなかったのに、今度ェックス線写真をとったら、肺の上のほうに影が見つかったというのが、大部分の肺結核症の発病時の姿です。これはまた、慢性肺結核症の始まりの姿でもあるわけです。
 この病巣がどのようにしてできたか議論もありますが、多くの学者は初期変化群の肺内病巣またはその後間もなくできた小さい病巣が崩れ、これがもとになって新しい病巣ができるものと考えています。
 こうしてできた病巣は、初期変化群にくらべると、小さくても治りにくく、石灰もなかなかたまりません。治療をしない限り、何年かたったあとになって、再び病巣が崩れて広がることもしばしばみられます。
 いまの日本の結核の大部分はこの型の肺結核症です。したがって、結核という病気を述べる場合の中心となるわけですが、ここでは、まず結核の全体像をみるために、結核のすすみかたについて、先にふれたいと思います。

結核百科 1−2

<結核の進みかた(転移)>

 結核菌が一つの病巣から出て、ほかの場所に運ばれて病巣をつくることを「転移」といいます。転移のすじは三つあります。「リンパ行性転移」、「血行性転移」、「管内性転移」の三つです。
 
*リンパ行性転移 
 「リンパ行性転移」は、結核菌がリンパの流れにのって運ばれる転移です。リンパ液は血液と違って無色なので見えませんが、リンパ系は全身至るところにあって細かい網目をつくっています。その中をリンパ液がゆっくり流れ、要所にはリンパ節があるわけです。
 リンパ液は最後には血液の中に流れ込むので、リンパ行性に運ばれた結核菌が血行性転移のもととなることもあるわけです。
 初期変化群のリンパ節病巣の形成はリンパ行性転移によるものです。リンパ節病変がある程度以上きくなれば、肺門リンパ節腫脹という病名で呼ばれていることはすでに述べました。 
リンパ節病変の周りの炎症が連続的に胸膜に波及すると、特発性胸膜炎(肋膜炎)を起こします。肺の表面にできた病巣からりンパ行性に胸膜炎を起こすこともあります(随伴性胸膜炎)。
 初感染から早い時期に肺内病巣が崩れると、結核菌はたんと一緒に喉頭に運ばれ、喉頭結核が起こります。ここからりンパ行性に結核菌が運ばれて頸部リンパ節結核(るいれき)が起こることがあります。るいれきは肺以外の場所の結核では、もっともしばしばみられるものの一つです。
 一般に、リンパ行性転移は結核の感染を受けてから早い時期に起こることが多く、時間がたっと少なくなります。
 
*血行性転移
 リンパ液は最後には血管に流れ込みます。また、病巣の中で血管に病変がおよぶと結核菌は直接血の中に入ります。そうすると全身のどこにでも「血行性転移」によって、結核性病変が形づくられる可能があるわけです。
 血行性転移の場合、血液の中に入った結核菌の数と、菌が定着した場所によって、さまざまな病気がこります。大量の菌が血液中に入れば、全身の粟粒(ぞくりゅう)結核症を起こします。髄膜に結核性病巣ができると、結核性髄膜炎を起こします。
 血行性に胸膜に菌が運ばれて胸膜炎を起こすこともありますし、心嚢膜に運ばれて結核性心嚢炎となることもあります。結核性腹膜炎がこうして起こることもあります。
 ときには胸膜や、心嚢膜、腹膜が次々とおかされて、多発性漿膜炎という病気を起こすこともあります。
 肺以外の結核で比較的多いのは、脊椎カリエスなど、骨および関節の結核ですが、これも血行性転移によって起こるものです。骨、関節結核のなかでは脊椎カリエスがもっとも多く、次いで股関節結核、膝関節結核が多いようです。このほかの骨や関節が結核におかされることもあります。
 腎結核も血行性に起こります。腎臓に結核菌が住みついても、病巣が大きくなって腎孟が破れるまではなかなか診断がつけられません。
 腎孟が破れると尿の中に結核菌が出されますし、尿管、膀胱にも病変が広がるので、瀕尿・排尿痛などの症状があらわれます。
 
*管内性転移
 呼吸のとき空気の通る道となっている気管支は、十数回の枝分かれを重ねて、肺のどの部分にも通じています。気管支は中空の管ですので、肺にできた病巣内の結核菌は、病巣が崩れると、たんと一緒に気管支を通ってほかの場所に運ばれます。このように自然にある管腔を通って病気が広がるのを「管内性転移」と呼んでいます。 
 気管支は気管となり、鼻や口と通じています。喉頭に結核菌が運ばれて喉頭結核が起こり、欧氏管を通って中耳に結核菌が運ばれれば中耳結核となります。また、たんを知らずにのみこむこともあります。食道、胃を通り腸に病巣が形成されれば腸結核となります。

 腎結核から尿管や膀胱に結核が広がるのも管内性転移です。男性ではさらに前立腺、副睾丸に広がることもあります。また逆に、初め血行性に副睾丸に結核菌がついて副睾丸結核となり、前立腺のほうに広がることもあります。女性性器結核は男性性器結核よりは少ないのですが、血行性、あるいは腹膜炎から連続的に波及して卵管結核が起こり、ここから管内性に広がって、結核性子宮内膜炎を起こすこともあります。
 
*肺以外への転移は少ない 
 こうしてみると、結核菌は全身どこにでも広がり、いったいどんなことになるかと心配になります。事実、結核にならないのは筋肉くらいのもので、全身どこでも結核となる可能性はあるといえます。
 しかし、幸いなことに、実際には肺以外の結核はあまり多くありません。厚生省の調査によりますと、昭和五十二年に発病し、保健所に届け出された結核患者数は全国で八万九千人にのぼりますが、このうち肺以外の結核は約一万人でおよそ一割でした。また、現在、治療中の結核患者は全国でおよそ三十五万人にのぼりますが、このうち肺以外の結核で治療を受けている患者は二万二千人程度です。
 化学療法が行なわれる以前には、腸結核や喉頭結核が非常に多く、しかも治せないので深刻な病気でした。現在では、腸、喉頭などの粘膜の結核は、化学療法で比較的、簡単に治すことができます。
 しかし、骨、関節結核は治ったあとに機能障害を残すことが少なくありませんし、腎結核もあとに障害を残すことがあります。肺以外の結核の頻度は低くなりましたが、今日でもなお多くの問題を残ています。
 
<慢性肺結核症>
 
 結核といえば肺の病気と思い、肺病といえば結核をさすほど、結核のなかでは肺結核が多数を占めいます。結核による肺の変化は千差万別で、一人一人の病気のかたちは違っています。同じ患者でも、時間とともに変化します。
 肺は右肺が上葉、中葉、下葉の三肺葉、左肺が上葉と下葉の二肺葉に分かれています。病巣が上葉の一部だけにある人から、左右の全肺葉に広がった人まで、病変の位置と広がりを考えただけでも、ずいぶんいろいろです。
 病巣の大きさも、非常に小さいものから片方の肺全体に及ぶものまでいろいろです。これらの病巣が組み合わさって、一人一人異なった病像を呈しているわけです。しかし、このような差を別にして、病変ができてから時間を追って変化を追求すると、おのずから一定の移り変わりがみられます(図2)

(図2)
1 結核菌が組織に入る
2 滲出(しんしゅつ)性炎、白血球を中心とする炎症
3 多中心性に小さな乾酪変性が始まり大型の類上皮細胞もでてくる
4 乾酪化は進み互いに癒合して大きくなる
5 浸潤乾酪巣:乾酪物質の周りを類上皮細胞などか取り囲んでいる
6 被包乾酪巣
7 完成した被包乾酪巣

*病気発見までの経過
 健康な肺に結核菌が入ると、最初にみられる変化は、普通の肺炎と同じように白血球の滲出を主な変化とする肺炎です。ところが、二週間もすると肺炎のあちこちに乾酪化した部分があらわれ、時間がたつにつれてその部分が大きくなり、互いに融合して大きな塊となります。一度乾酪化した部分は、化学療法を強力に行な ても吸収されず、治療のあとにも変化を残しま
す。治療せずに放置すれば、乾酪物質が気管支を通って排除され、空洞をつくることとなります。
 病巣ができてから比較的早い時期に発見された患者の肺には、このような変化があると想像すればよいでしょう。
 結核性病変には、普通の炎症の際にみられる細胞と違った、大型の細胞がたくさん動員されます。この細胞は特別な線維をつくる能力をもっているので、時間ががたつにしたがって、結核病変はさまざまな修復を受けることになる。
 新しく発見された患者で、もっともしばしばみられる変化は、周囲に細胞浸潤を伴った不完全な被包乾酪巣群でしょう。肺浸潤と普通いわれている変化もこれです。結核は症状が乏しいので、先に述べたような新しい時期に発見されることは少なく、多くの場合、このような変化となって発見されます。
 さらに時間がたてば、乾酪巣を包んだ線維が強さと太さを増し、完成した被包乾酪巣となるわけです。化学療法の後に残る病巣の大部分は、こういう変化です。

*空洞は結核菌の増殖工場
 肺はどの部分でも気管支とつながっています。乾酪物質が気管支を通って崩れれば、そこに空洞が形成されます。空洞ができると、周囲の健康な部分に病気が広がる危険が高く、またほかの病巣より治りにくいので、空洞は慢性肺結核症の中心的な問題となります。
 空洞壁のいちばん内層には、乾酪物質が付着しています。ここは結核菌にとって絶好のすみかとなり、無数の菌が増殖しているところです。結核菌の増殖に必要な空気は充分に送られるし、菌の栄養源となる乾酪物質もたっぷりあります。温度はほかほかと常に暖かいし、湿度もちょうどよいので、結核菌はぬくぬくと増殖するのです。空洞は結核菌の増工場となります。
 空洞は気管支に開いています。空洞壁で増殖した菌は、空洞内の滲出物と一緒に気管支に流れ出ます。これがたんとなって出てくるので、空洞をもつ人のたんには結核菌が多数見つかります。せきでまき散せば他人に伝染する危険がありますし、気管支の途中まで出てきたたんを、呼吸とともに吸い込めば、ほかの場所に新しい病巣ができます。空洞が、患者自身にとっても、周囲の人にとっても、重大な意義をもつのはこのためです。
 空洞の大きさは非常に小さいものから、一側肺の全体に及ぶほど大きいものまでいろいろです。また、丸い形をしたもの、楕円形のもの、あるいは、不規則形のものなど、かたちもさまざまです。しかし、小さいものでも空洞があれば、自分自身にとっては管内性転移の転移源となり、周囲の人にとっては感染源となる可能性があることは忘れてはなりません。

*慢性結核症の段階的悪化
 肺に空洞が形成されると、治療しない限り、結核は悪化します。軽症のうちは、結核病巣の八割までが上葉の後ろのほうにあり、進展するときには、個々から、下の方へ、前の方へと病巣が形成され、ついには全肺に及びます。
 肺結核の悪化は、「シューブ」という言葉で呼ばれています。遂進とか、推進という訳語もありますが、普通、ドイツ語がそのまま使われ、シューブといわれます。結核はじわじわと知らない間に悪化することもありますが、あるとき一挙に大きな悪化をし、悪化病巣がわずかに改善したと思っていると、また別の場所に一度に広がる、というように段階的に悪化することが多く、このためシューブという特別の言葉が使われているのです。
 慢性肺結核症が進展を続ければ、ついには一方の肺の大部分が空洞となって崩れ、反対側の肺にも大きな空洞をつくって、ほとんど全肺が結核性病変によって占領されるまでになります。「荒蕪肺」と呼ばれている最重症の肺結核症の姿です。

結核百科 2−1

<結核の治療−化学療法と患者の治癒力>
 
 化学療法薬が発見される前は、悪化・進展する結核が大部分でした。しかし、大気、栄養、安静の時代にも、結核が治った例はもちろん見られました。個々の病巣別にみれば、治る病巣も比較的しばしばあったといえるでしょう。

 そのころ、結核がどんなふうに治るか、ずいぶん詳しく研究されました。そして、結核が治るときには、このような筋道で治るのだということが明らかにされていました。
 戦後、化学療法薬が出現し、不治の病気といわれた結核も、積極的に治すことができるようになりました。そして、化学療法による結核の治りかたが明らかになってみると、その筋道は、大気、栄養、安静の時代に明らかにされた筋道と同じものだったのです。

 つまり、化学療法は、病巣の中の結核菌の増殖を抑え、自然に備わっている治癒力を充分に発揮できるようにしむけていたわけです。結核が悪化するのを抑え、治癒の向に向け、そして治癒までの期間を短縮しているともいえるでしょう。

 しかし、化学療法さえすれば、どんな結核も、同じように治るというわけにはいきません。一部のクスリは病巣の中の結核菌を殺しますが、大部分のクスリは病巣の中の結核菌の増殖を止める作用をもつだけで、あとは患者自身が、自分のもっている治癒力で病気を治し、破壊された組織を修復するのです。
 まだ新しく、組織が壊されていない病巣は、クスリで菌の増殖を抑えれば簡単に治せます。組織の破壊が進んでいれば、結核菌がなくなったとしても、そう簡単に治せません。ある程度以上組織の破壊が進めば、ついに治せなくなることさえあるわけです。

 化学療法についてはあとで詳しく述べられますが、ここでは基本的な筋道について述べてみましょう。
 
*空洞のない病変の治りかた 
 まだ乾酸化の起こっていない新しい病変は、あとを残さないで治ります。治りかたも早く、三か月以内に完全に治るでしょう。
 実際には、こんな新しい時期に治療が始められることばほとんどありません。治療が始められたときには、多かれ少なかれ、すでに乾酪化が起こっています。
 この場合、治療をしてもあとを残さないで治ることはありません。あとを残さないで治る乾酪巣はせいぜい米粒大くらいの大きさまでで、これ以上の乾酪巣は治療をしても被包乾酪巣として残ってしまいます。

 さらに時間をへた古い病巣では、治療をしても病変の動きはほとんどありません。したがって、エックス線写真で経過をみていっても、ほとんど変化がみられません。しかし、エックス線で病影の縮小や消失がみられないからといって、治療がむだだというわけではありません。病巣の中の結核菌の数が減り、その後の悪化の危険がはるかに小さくなっているからです。
 
*空洞の治りかた
 空洞の治りかたに三つの経過があることは、化学療法以前から知られていました。開放性治癒、閉鎖性治癒、瘢痕性治癒の三つです。

・開放性治癒
 空洞壁に付着した乾酪物質の中には、結核菌が非常にたくさんいることはすでに述べました。化学療法を始めると、菌の増殖が抑えられ、ここの菌は著しく減少します。
 乾酪物質は気管支を通って少しずつ外に出されます。化学療法で結核菌の増殖が抑えられれば、新しく乾酪化することがないので、空洞壁の乾酪物質はしだいに減ることになります。そして、ついに乾酪物質が全部外に出されてしまえば、もう空洞の中には結核菌が一個もいないことになります。
 この場合、空洞のあった場所には穴があいていて、線維で覆われた穴が残っているだけで、結核性病変とはいえません。結核菌がいないので管内性転移の転移源ともなりませんし、ほかの人に対しても危険はありません。このため、この空洞は治癒したということができます。穴は気管支に開放したままですので、「開放性治癒」と呼んでいます。

・閉鎖性治癒
 空洞には気管支が交通し、結核菌はここを通って外に出されるので、この気管支はしばしば結核性気管支炎を起こします。空洞につながる気管支が細い場合には、気管支の内腔も細く、気管支炎のために内腔の閉鎖が起こり、ついには線維で完全に閉鎖されることもあります。気管支が完全に閉鎖されれば、結核菌も閉じ込められるので、空洞は治癒したと考えてよいわけです。この治癒形式を「閉鎖性治癒」と呼んでいます。

・瘢痕(はんこん)性治癒
 空洞壁の乾酪物質が排除され、空洞壁の線維が収縮すれば、空洞全体の大きさは小さくなります。乾酪物質の排除と空洞容積の縮小が繰り返されれば、空洞はついにばつぶれ、線維の塊となります。これを瘢痕性治癒と呼んでいます。

 空洞の治りかたとしては、以上三つの道筋があるのですが、すべての空洞が化学療法で治るわけではありません。一般的にいって、新しい空洞ほどよく治り、古い空洞ほど治りにくいといえます。

<結核の再発>
 
 乾酪化した病巣に対して化学療法を行なった場合、最後には被包乾酪巣が残ることはすでに述べました。空洞が治る場合にも、閉鎖性治癒のときには被包乾酪巣が残ることになります。
 この場合、病巣につながる気管支が線維でしっかり閉じていれば、結核菌も完全に閉じ込められるので問題はありません。しかし少しでも開いていればあとになって乾酪物質がここから崩れ出る可能性があるわけです。
 結核菌はしぶとい菌です。なかなか全滅しません。病巣が崩れて、空気が通うようになると、結核菌は再び増殖を始めます。化学療法後の再発は、大部分こうして起こるのです。
 言葉を換えれば、すべての被包乾酪巣に通ずる気管支が線維性に完全に閉鎖していない限り、再発の可能性があるということができるでしょう。

*三年くらいは経過を観察
 気管支が完全に閉鎖しているかどうか、臨床的に判断するのは大変むずかしい問題です。空洞がないこと、たんの培養を何回繰り返しても常に結核菌が陰性であること、期間をおいてとったエックス線写真で病変の変動がないこと、これらの条件が満たされれば気管支は閉鎖している可能性があります。
 しかし、それでも確実に閉鎖しているとはいいきれませんので、化学療法終了後も、三年間くらいは経過を観察することが必要といわれるわけです。

結核百科 2−2

結核の症状とその対策
<診断技術の進歩が定義を変えた>

 ずっと以前には、結核といえば、顔色は青白く、やせて、あまり食欲がなく、便通は不規則で便秘したり下痢したりし、また、微熱や寝汗があり、疲れやすく元気がないなどの、いろいろな全身症状があるものだと考えられていました。そして、このような患者は、いつもせきをしており、たんを出していると考えられていました。このように結核には、一種特有の慢性症状があることから、昔は結核症のことを、労咳(ろうがい)といっていました。また、外国ではComsumption(消耗病)ともいいました。

 しかし、比較的近代になって、結核にこういう症状があるというのは信じてはならない、むしろ、結核はほとんどまつたく症状がなく、特に早期には無症状であると強調されるようになりました、微熱、肩こり、寝汗、疲れやすさなどは、むしろ結核と関係がないというのです。事実、やせて虚弱そうな子供や、微熱のある子供が結核と関係がないことも明らかにされました。

 この二つの見解は、まつたく矛盾しているように見えますが、じつは決して対立、相反しているのではなく、それぞれの意見が、結核というきわめて複雑で多様な経過をとる病気の、ある断面の徴候をいいあらわしていると考えられます。
 
*早期発見にはエックス線検査を
 昔のように、診断技術がいたつて未熟な時代には、結核と診断するのは、よほど進行し、重症になつてからでした。それくらいになれば、症状もいろいろあらわれています。いや、むしろそのように症状が出るようになつて、初めて結核と呼んだのです。
 時代が進むにつれて、診断技術も進みました。そうなると、エックス線検査が結核を見つけるもつとも確かな手段となりました。そこで、昔なら信じられもしないような微小な肺の病変も見逃さないようになりました。エックス線写真で発見されるこれらの病影は、もちろん結核だけとは限らず、いろいろな菌による肺炎もあれば、肺がんその他のできもののこともあります。

 しかし、このように軽い結核では、もちろん、何の自覚症状もないということがわかりました。いや、エックス線検査で、相当ひどい病変があつても、仮に空洞ができていても、意外に症状がないということもわかつてきました。
 一般的にいいますと、結核が軽いときには、症状ほとんどまったくないものです。ある程度重くなつても、じつと停止しているときには、これまた症状はほとんどないものです。

 そこで、結核の症状があてにならない以上、早く結核を発見するには、エックス線検査がいちばんたいせつで、その意味で、かつて結核がひどく多かつた時代には、集団検診という方法が広く行なわれたのです。
 これは、本人が健康だと思いこんで働いている集団を、定期的にエックス線写真をとつて調べ、第三者の力で結核を早期に発見しようという組織的な健康管理の方法です。このように結核に対する集団検診が広く行なわれているのは、結核には自覚症状が少ないためで、集団検診は結核早期発見の武器となつているのです。

 しかし、わが国の結核が、健康管理を組織的に行なうことのできる大会社、大工場、学校などの集団から駆逐され、そのかわり、小企業や零細な企業、スラムなどの集団、職人、老人など、組織的な集団検診を充分に行なえないようなところに蔓延している現状では、なんらかの自覚症状を訴えて医師を訪れる人をとらえて、ともかくすぐにエックス線検査を行なうことがきわめてたいせつです。自覚症状が出てからの発見では、結核の場合、手おくれには違いありませんが、今日すぐれた化学療法があるので、以前ほど深刻に考えなくてもよいようです。

 以上のように、結核では重い軽いによつて症状に差があり、重ければ症状がいろいろと出ますが、軽ければ症状はほとんどないものなのです。
 しかし、逆説のようになりますが、どんなに軽くても、細心に注意してみると、なんらかの症状があるものだといえるのです。
 元来、病気の自覚的な症状というのは、はなはだ主観的なものともいえます。神経の細い敏感な人にでは、小さい症状も大きく感じとられます。逆に神経が太く鈍感な人には、あまり症状は感じられないで減しよう。
 また、そういう神経の細い人では、外界のいろいろな条件に敏感に反応して、結核という原因以外のことで似たような症状をたくさんあらわすこともありうるわけです。そういう人は、肩こり、寝汗、疲れやすさなどを、日常生活の明け暮れに感じているものです。

 このように、結核の症状は、日常生活のストレスによつてもたらされる一群の症状とほとんど区別できないほどのものであり、その意味で、結核特有の症状というものはないといつてもよいのですが、しかし、これが結核の症状だともいえましょう。

*結核の症状は三つに分けられる
 結核の症状は、かぜに似ているとか、ぜんそくのようだとかいいますが、もちろん、そういう場合もあります。また、低血圧症のように、立ちくらみや、だるさや、肩こりや、胃障害のようなことも起こります。また、貧血のような症状がみられることもあります。

 しかし、結核の症状は、大きく次の三つに分けて考えることができます。

 第一は、全身的な症状です。それは、熱、頭痛、不快、食欲不振、疲労感、衰弱、寝汗などのようなことで、結核の病変が全身に及ぼす影響です。

 第二は、結核の病巣による局所的な症状です。せき、たん、血たん、喀血、息ぎれ、胸痛などがこれです。

 第三は、結核の病巣によ