隻手音声 日記 −せきしゅんのおんじょうー

The sound of the one hand 結核・舌ガンに続く肺ガンの闘病後の母の介護の日々の心にうつりゆく由無し事を、そこはかとなく書き付けてみました。

母の誕生日の出来事

今日は母の誕生日である。
昭和六年生まれだから1931年なので、76歳となる。

今日は、私の名大病院の診察があってF大先生と今後の事を話してきた。来週予定してている、東名古屋病院での検査を待って、対処することとなった。東名古屋病院のS先生からのFAXの内容も、先日F大先生宛に送った私の手紙と同じであったらしい。S先生が、名大病院で以前撮ったCTの画像が欲しいとの事だったので、借りられるよう手配していただいた。

05年の入院時のCTはプリントされていたのだが、今年二月の分はプリントされていなかったので、私の事情を聞いた看護師さんの奮闘で、30分ほどでプリントしてもらえることとなった。

ところが事は簡単に進まず、何と運悪くプリント中に機械が故障して、今日中にプリントは難しくなった。しょうがないので、次善策として入院時のだけでも今日東名古屋病院にもっていて、今年二月の分はプリント出来次第、S先生宛に送ってもらうことにしてきた。丁度土日を挟むので、届くのは来週火曜日くらいになりそうである。その旨、手短に書いた手紙を添えて、CTを東名古屋病院の呼吸器科の外来窓口に預けてきた。

200708301154.jpgここで昼となったので、平針のユーストアー内の喫食コーナーの麺類の店のカレーセット(ラーメンとカレーライス)を食べていると、外は雷雨となっていた。雷様の怒りの音を聞きながら、まずペツトボトルの水と共に、ラーメンをやっけた。カレーを三分の二ぐらい食べたらルーが無くなったので、残ったラーメンのスープを利用して、ラーメンライスにして食べた。要するに、スープの中に残ったご飯を入れて、レンゲでスープご飯にして食べたのである。

食べ終わる頃には雨も小止みになり、母の元へ急いだ。病院に着いたら予想通り情緒不安定で、なだめるのに一苦労する。看護師さんの何気ない一言に心揺れて、家のオヤジに電話してくれと看護師さんに言っていたらしい。

「昼ご飯を食べたか」と尋ねれば、「今日は今朝から何も食べとらん。胃がむかむかして気持ち悪い。」と目を吊り上げて、ブツブツ言う。「今日の昼ご飯はなんだった」とさらに尋ねたら、「お粥と・・・・」と答えるのだけれど、木曜日の昼ご飯は麺類のなので、本当に今日は何も食べていないのかどうか、よく分からない。

暫く話しているといくらか気分も落ち着いてきたので、「お握りでも食べるか」と訊くと、「少しなら食べたい」ということなので、病院近くのスーパーに買出しに出かけた。刺身好きの誕生日の母のために、マグロのタタキの海苔巻きと、出汁まき卵を購入した。病院に戻って食べさせてみると、切り分けた海苔巻きを一つと、出汁巻き玉子二切れを食べただけだった。

そうこうして母の眉間のシワが無くなりかけたら、緊急入院があるので病棟を変わって欲しいとの事で、四時ごろ突然のお引越しとなった。

今度は一階上の四人部屋に変わった。だけど他の皆さんはカーテンを引いてこもっている人ばかりで、静かな病室であった。

私の入院中は、あのように昼間カーテンを引いて中にこもっているのは嫌いだった。病室全体が暗くなるし、何より皆と会話できない。重病や体調不良なら別だけれど、暗い入院生活ほど楽しくないものはない。皆でワイワイやっていた方が、病魔も退散するというものである。

部屋を替わったけれど落ちっていたので、ほとんど食べなかった夕食の後、いつもの歯磨きと入れ歯を洗って、帰宅の途についた。

今日は肉体的にも、精神的にも疲れた。

母は、受け答えの会話は問題なくこなせるのだが、今日何を食べたかとか、誰が見舞いに来てくれたとか、その辺のことが分からなくなってきた。時系列がゴチャゴチャになったりしてきている。肝性脳症以外にも、本格的なボケとも戦わなければならなくなってきたみたいである。いつまでこちらがもつやら・・・ 

名古屋めし 第二弾

saさんよりの名古屋のお楽しみについてのご下問にたいする回答、第二段。

前回書き漏らした、名古屋の味について。

◎ひきずり
母の時代のすき焼きとは、牛肉ではなく鶏肉で作ったもの事であった。名古屋地方では、伝統的にそうであったようである。鶏肉の他の野菜や豆腐などは、一般的な牛肉のすき焼きとさして変わりはなかったようである。

しかし特徴的な一品がある。それは今でもスーパーの鶏肉コーナーで見かける「きんかん」と呼ばれる、卵黄の子供(?)を入れることである。成長段階の卵黄で、白身を纏って殻ができる前の段階のもののことである。

それとこの地方独特の、長ねぎを入れることかもしれない。ネギの青い葉の部分と、白い茎の部分が半々になったネギであ。

「ひきずり」「すき焼き」「名古屋」などの用語で検索したいただければ、簡単に色々なページか見つけられると思います。私はこれがあまり好きではなかったので、何処の店が美味しいのか、有名なのか承知していません。

これも、名古屋めしを代表する食べ物の一つです。

追記(8/31)
「かしわのひきずり」が正式(?)な、名古屋的表現です。この「かしわ」というのが、鶏肉のことです。


◎お好み焼き
遠い記憶を思い出しても、仙台でどんなお好み焼きを食べたか思い出せません。ここ名古屋でも、大阪スタイルのボウルで生地と具を混ぜてから焼くスタイルの店があります。

しかし、私が子供の頃から慣れ親しんでいた作り方は、少し違います。古くからあるお好み焼き店の作り方や、我が家のスタイルは以下の通りです。

1)鉄板に、生地を丸く広げる。
2)広げた生地に、かつお節の粉(or花かつお)を撒く。
3)野菜を(キャベツとネギ)をのせる。
4)紅しょうが、、干し海老、竹輪に、お好みの具材(豚肉、烏賊、玉子等々)を適宜のせる。
5)スルメイカの細切りと天カスをふりかける。
6)生地を少々、全体にまわしかける。
7)コテで「エイヤァ」とひっくり返す。
8)焼きあがったら、もう一度ひっくり返して、ソースを塗って出来上がり。大阪スタイルのように、マヨネーズや、ケチャップなどはかけない。せいぜい青海苔ぐらいである。

以上が、私にとって由緒正しい名古屋式のお好み焼きである。

脳ミソがない−安部内閣改造

ボンクラのアホかつバカでマヌケな安倍首相は、自分自身で何を言ったか全然覚えていないようである。

「戦後レジュームからの脱却」を掲げていたのに、今回の人事は全く旧来の自民党的手法そのままであり、何の新鮮さもない。自分自身で語った言葉に責任を持たないのは、選挙前の「私か、小沢、どちらを選ぶかの選挙である」と自分自身でいいながら、都合が悪くなると突然自身の発言のことを忘れてしまうことと同様である。

アホなマスコミの解説では、説明責任を果たすような人事と言っているが、国民が期待する説明責任とは、首相自身のことである。ネット社会の今において、簡潔に自分自身の言葉で話せるかどうかが問題なのに、そのことが分かっていない。小泉君の人気が何故あったかといえば、端的な一言で今を語れたからである。

安倍首相の説明や答弁は、言葉が多くても何もこちらに伝わらない。小泉君の、「感動した!」あのような一言がない。安倍首相は、自身の言葉を要約できない、また自分の考えを的確に説明できないし、さらに自身の発言の内容に責任をとらない。

普段の答弁では「あぁ〜〜うぅ〜〜」ということが多かった、あの大平首相でさえ、一般消費税を導入しようとした選挙では、明確に自身の信念を語っておられた。残念ながら志半ばで逝去されたが、あの時の熱弁は今でも覚えている。安倍首相の発言に、そんな熱を感じたことはない。

選挙後直ぐに、「安倍首相は何故辞めない」と批判した舛添氏が入閣したのは、残念である。気骨を見せれば、将来の首相の芽があっただろうに、何故沈みゆく泥舟に乗る必要があったのだろうか? ここで自身の矜持を見せることの方が、大臣を経験するより有効であったのに。

名古屋名物〜食べ物編〜

saさんより、名古屋のお楽しみについてご下問があったので、簡単にお答えしたいと思います。

◎名古屋めし
大きな書店(懐かしい一番町の高山書店等)に行って、旅行関連の書籍のコーナーを覗けば、今なら名古屋関連のガイドブックなど入手可能だと思いますが、以下に代表的な名古屋人の味を幾つか紹介します。

<麺類>
東北地方は蕎麦文化ですが、こちらでは矢張り小麦文化圏のようです。
代表的な名古屋麺としては、以下のようになっています。
1)きし麺
言わずと知れた、古典的名古屋のうどんです。但し気をつけないといけないのは、私が子供の頃食べていたような本当のきし麺を食べるのが、今では難しくなっています。

本来のきし麺とは、薄く延ばした生地を、幅広にカットしたものでした。今、大概のうどん屋(自前で麺を打たずに、製麺所から買うような店)のきし麺は、いわゆる通常のうどん(正方形)をチョットだけ長方形に加工しただけのもので、とてもきし麺とは呼べないように悲惨なものをだすうどん屋が多いので要注意です。

薄く幅広な麺に、ほうれん草に花かつおが蒸気にダンスを踊っていれば、それが由緒正しき「きし麺」です。

2)味噌煮込みうどん
名古屋文化圏は、尾張と三河に分かれています。その三河を代表するのが、豆味噌文化の至宝「八丁味噌」です。

簡単に歴史を振り返ると、豊臣秀吉や織田信長が尾張系で、徳川家康が三河系です。地理的に言うなら、家康の出身地岡崎辺りが、その境界です。その岡崎名産の八丁味噌が、東海食文化圏の最大の特徴です。ちなみに今世間を席巻するトヨタ様は、尾張でなく三河系です。その三河から、今回名古屋駅前に進出してきたのが、名古屋駅前のミッドランド・スクェアーです。

八丁味曽の特徴は、その独特の色と、渋みにあるようです。名古屋めしにつきもののこの八丁味噌ですが、寿司屋での赤だしとして、回転寿司発祥の地であるそちらでも、ご存知の味かもしれません。

この味噌煮込みうどん専門店として名古屋で老舗とされている「山本屋」は、独特の麺と箸で有名ですが、私は大嫌いです。太い麺の真ん中が生のままだし、箸は極太で使いにくいです。イタリアンのアルデンテなんていうものでははりません。あんな物の何処がうまいのか、私には理解不能です。

私見では、流行っているうどん屋で注文した方が遥かに美味しいです。食べ方のコツは、アツアツでテーブルに運ばれてくるので、土鍋の蓋に麺をとって冷ましながら食べるのが由緒正しい食べ方です。

イメージとしては、鍋焼きうどんの味噌バージョンを想像してもらえば、それほど戸惑いわないと思います。

3)カレーうどん
隠れた名古屋めしでもあるのが、このカレーうどんです。有名なのが「若鯱屋」です。名古屋のうどん屋なら、何処でもご賞味いただけると思います。スーパーのカップ麺コーナーや冷凍食品のコーナーにても、若鯱屋の商品を手軽に入手可能です。また名古屋駅のお土産コーナーにても。

もしこのカレーうどんに挑戦の節は、間違っても高価な服は着ていっていけない。汚れていいような気軽な服装でお楽しみ下さい。

4)台湾ラーメン
日本全国各地にご当地ラーメンと呼ばれるラーメンがありますが、もし「名古屋ラーメンとは何か」と問われるなら、この「台湾ラーメン」と次の「寿がきやラーメン」が、それにあたると思っています。

豚挽肉とニラを炒めて、ピリ辛に仕上げたアンをラーメンに掛けた物です。名古屋の中華料理店に入れば、塩ラーメンとか味噌ラーメンとかと同様な扱いで食せます。但し、中華の系統(台湾系とか四川系など)によってはトンでもなく辛かったりするので、要注意です。

5)寿がきや(スガキヤ)
この地方にあって、名古屋人御用達の、あまりに名古屋的な最大のラーメン系列店です。戦後を知っている私の母などによれば、戦後混乱期の栄(名古屋の最大の繁華街)にて、トンコツ系のラーメンとして今に至っています。

最大の特徴は、ラーメン店であるのに甘い物も食べられる不可思議な店です。名古屋の女子高校生御用達の甘味所でもあります。

名古屋人にとって、あまりにその存在が当然過ぎて、特別とは思っていないラーメンチェーン店。名古屋文化圏にあっては、何処にでもあるので、食券を購入してお楽しみ下さい。

その独特の先割れラーメンスプーンとともに!!!

6)あんかけスパ
香辛料がきいたピリ辛のトロミがついたソースをひいた上にスパゲッティーをのせ、ウィンナァーの細切りに、玉ねぎピーマンを炒め合せてトッピンクとした、名古屋独特のスパゲッティー。これを専門とする、系列店もあります。

<肉類>
1)手羽先
仙台に牛タンがあるなら、名古屋にはこの手羽先がある。居酒屋の定番料理です。スーパーの惣菜コーナーでも、簡単に入手可能です。

2)味噌カツ
イメージとしては、普通豚カツソースが掛かっているように、八丁味噌を甘めに加工したソース(?)が掛かっていると思ってもらえばいいかな。「矢場とん」が有名ですが、名古屋食文化圏の豚カツ屋さんなら何処でもお楽しみいただけます。これまたスーパーなどで、味噌ソースが簡単に入手可能です。

3)串かつ&どて
「どて」とはホルモンの煮込みのことですが、名古屋めし圏内では、これまた八丁味噌で煮込んだ物です。初めはその色に驚かれるかもしれませんが、味は見た目ほどどぎつくありません。

古くからある一杯飲み屋さんで串かつを頼むと、揚げたての串カツをこの「どて」の鍋にズボット突っ込んでから皿にのせててくれたりします。店先にこの「ドテ」の大鍋があって、中がカウンターになっていて・・・などどいう形式の店は、絶滅危惧種になりつつあります。

4)名古屋コーチン
言わずと知れた、この地方の地鶏。焼き鳥屋さんの定番。

<魚介類>
1)ひつまぶし
通常細かく切られたウナギとご飯が、オヒツに入って出てきます。これを茶碗にとり、一杯目はそのままで、二杯目は薬味を掛けて、三杯目はお茶漬けにしていただくのが、「ひつまぶし」の古典的食べ方です。この地方のウナギ屋さんなら、何処でも注文可能です。

2)エビフライ
あのタモリによって、名古屋の定番とされていますが、確かに名古屋人はエビフライを好む傾向がなきにしもあらず・・・・かな。特別変わった食べ方があるわけでもありません。

3)天ムス
これまたコンビニのお握りコーナーにもある、もはやありふれてしまったお握りの一種。小さめの海老天とお握りの合体したもの。

<喫茶店>
純粋な名古屋人は、喫茶店が大好きです。ご近所さんと駄弁るのも、会社での打ち合わせをするのも、朝ごはんも喫茶店で済ますぐらいです。純粋名古屋人にとって、喫茶店とは居間の様な、台所の様な、応接間の様な存在です。残念ながら今時の若者は、あのファーストフード店に入り浸っているようです。経営者の高齢化に伴い、町中いたるところにあった喫茶店の数が、少なくなりつつあります。
1)小倉トースト
名古屋人の大好きな喫茶店のモーニングの定番メニュー。トーストにタップリとバター(orマーガリン)を塗り、その上にこってりと小倉アンをのせたもの。これまた見た目はあまりよろしくはないけれど、結構美味しいです。

2)しろノアール
以前ブログに書いた、名古屋人が愛してやまない「コメダ喫茶店」のオリジナルメニュー。これまた奇妙な食べ物ですが、女性陣に人気メニューとなっています。

代表的なところは、こんなもんかなァァァァァ〜〜〜〜〜

一歩前進〜宝くじ〜

AHIMG0221.jpg先日ジャンボ宝くじの交換に行ってきた。ボンヤリと宝くじ売り場の当たり枚数の表示を見ていたら、二枚と表示され、ちょっと期待した。結果は、¥10,300となった。今までの最高記録が¥3,000だったから、一万円が当たったのは大いなる前進であるが、なにせ”0”の数か今一息足りない。このところ暗いニュースが続いていた我が家にしては、ましな方であるが。

ちなみにこの宝くじは、ずっと母の枕元にあったものである。どうも私のところにあると、何もいいことがないので・・・ 母には、「宝船の夢をみるように」と頼んであった。「弁天さんも、大黒さんも、何にも夢に見ない」とのことであったが、チョットだけ良いことがあった。

AHIMG0220.jpg博打の基本に則り、風が吹いているときには強気で押せ押せだから、交換した売り場でスクラッチを買って帰ってきた。こちらもマズマズの成績であった。特別賞の¥2,000と、5等の¥1,000、6等の¥200が当たっていた。

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今回の宝くじは、¥5,000の投資で、¥13,500を回収できたことになる。昨日また¥2,000のバラ(一億円)を、母の枕元に置いてきた。「今度こそ宝船の夢を」と母と笑いあってきた。

はてさて、私の人生の収支決算はいかに?????

愛パックとアナログお手紙

今日早朝、昨日に続いて雷雨となった。昨日の方が凄かった。よく言う「バケツをひっくり返したような」状態であった。両日とも、それを切っ掛けに目が覚めてしまった。

AHIMG0218.jpg今朝は、用意したままになっていたA嬢宛てとマコト君向けの愛パックを荷造りして、それぞれに手紙を書いた。A嬢向けには、アナログお手紙で、マコト君にはデジタルお手紙にした。本来ならマコト君の分もアナログお手紙にしたかったのだけれど、母の病院に向う時間が迫りつつあったので、彼には我慢してもらった。悪しからずご容赦下さい。

二本手紙を書いたら勢いが出て、病院でも引き続き手紙を書き続けた。まずお世話になっているケアマネジャー宛に、近況とこれからのことについて色々書いた。さらに引き続いて、先日数々の品々をお送りいただいた桜子さんへの礼状と、暑中見舞いの葉書を送ってくれた”ななし”さんへ返事を書いた。最後に弟宛てに、これまでの経緯と今後のことについて簡単に書いておいた。

夕方ケアマネージャさんは病室に母を見舞いに来て下さったので、その折に書きたての手紙を渡しておいた。合わせて、今後の見通しと、これからの事も相談しておいた。

以上、今日は愛パックを二つと手紙を都合六通書いた。いやいやい疲れたガヤ。

大忙しの一日

今朝は、早朝より資源ごみを出し、溜まってい自分の着替えの洗濯をし、ベランダの花に水をやり、神棚の榊の水をかえ、仏壇のお茶を新しくして、大急ぎで昨日名大病院でもらったCTと大先生の手紙を持って、東名古屋病院に行った。

CTの映像をみて、S先生と九月に入って直ぐ内視鏡にて生検をする段取りにしてきた。来週早々S先生の外来の日に再度受診して、CTの検討結果を踏まえて、予定をたてることになった。生検の結果が分かるのに二週間ほど掛かるので、九月中旬には『確定』可能な手はずになりそうである。

場所が胸膜の直ぐ近くなので、外から針を刺す方法もあるが(穿刺?)、この場合”something”が漏れ出て、全体に広がる可能性が高いので、避けたほうが賢明との事であった。せっかく早期に見つかったのに、名大で検査を受けようとすると、マダマダ先のこととなりそうなので、これがbetterな選択だと思われる。

夕方巡回に来た母の主治医にも、その旨話しておいた。「ハッキリするまで、ゆっくりしていけ」とのお言葉を頂戴した。助かる。

夕食後の定番の作業をして、家路に着いた。途中、中華料理店で栄養補給してきた。今日朝は時間がなかったので、カロリーメートのチューブのゼリーと缶を二本飲んで出かけた。何とか母の昼食前に病院に着いた。途中コンビニで買った素麺セットを、昼ご飯に食べた。昼間はたいしてお腹に溜まる食事でなかったので、お腹がすいていた。

この中華料理店にも、何度か母の付き添いの帰り立ち寄ったことがあった。嬉しいことに、その料理の量は日本的より多い「本場中国的量」で、一品が結構食べ応えがある。今夜は、かに玉と麻婆春雨に餃子、それを生ビール二杯にて胃袋に流し込んだ。

最悪の場合だと、化学療法を行なうことになりそうである。そのためにも、体力と体重を付けておかなければ・・・
それにしては、財布の中身が淋しいかぎりである。

灰色

今日は二つの病院(東名古屋病院・名大病院)を掛け持ちして、先月末見つかった右胸の新しい影の正体を聞いてきた。転移の可能性が高そうである。

あれ以来行なった各種検査では、兆候は見られないけれど、造影剤を入れて撮ったCTの映像では、くっきりとその姿が写っていた。また左側にも怪しい影があるらしい。

郭清した首のリンパ節にも、転移の腫瘍と共に結核性リンパ節炎があった。私のからだの中に、依然として結核菌が存在している可能性がある。万が一腫瘍の中に結核菌が混じっていると、厄介なことになるので、まずその影の正体を確定するのが、当面の課題となった。暫くは、両病院を掛け持ちしなくてはならないようである。

今日は仕事を休んだ弟が、一日母の付き添いをしてくれていた。昼ご飯時に液漏れのため点滴が終了しなかったので、弟に食べさせてもらったらしい。母にとっては、楽しい一日であったようであるし、弟にしてみれば親孝行の時となったようである。

名大で時間が掛かったので、母のお世話になている協立病院に着いたのは四時前であった。母の主治医への今日の報告を休憩室で書き始めていたら、母の主治医のE先生が来られ、「どうだった」と御下問を頂戴した。こうこう・こうで、確定まで暫く忙しいですと報告した。「では、暫く預かっておく」とのありがたいお言葉を賜った。

一連の夕食の作業を終えて、弟と家路についた。母の入院中よく行く中華料理店で、久々に弟と一杯やった。テレビに放送されていた水泳やプロ野球などの話題を肴に、二人でメニューを検討しつつ、生中の大を二杯つずつやっつけて、最後に名古屋名物台湾ラーメンをパルタジュしてお開きとした。久しぶりに、楽しい夕食となった。またこのような機会があればいいのだが・・・

二日目の様子

午前中弟の奥さんに来てもらって、前日桜子さんから頂戴した野菜などと、ついでに他からのもらいもを持っていってもらった。

昼食前に病院に着くと、隣のベッドの人と二人して爆睡中であった。昼食が配膳されたので、起こしてやっ他。いざ食事となり、床頭台したの小型冷蔵庫を開けたら、何と昨日買ったばかりのラッキョウの瓶がほとんど空になっていた。「いつ食べたの」と尋ねても、本人は「????」であった。

それ以外でも、時折「あそこにはった、アレはどうした」と、家の自分の部屋の様子を思い出して、ブツブツ言っていた。また私が昼ご飯を食べて帰ってきて、「浣腸してもらった」と尋ねても、「どうだったかな」などと答えていた。買い置きのオムツの数が減っていたし、お尻の下に防水シートが引いてあったので、処置してもらったのは間違いなさそうだけれど。

夕食は、茶碗蒸しと肉じゃがに青梗菜とモヤシの中華風サラダであった。この茶碗蒸しがよく出来ていて、いい匂いがしていた。肉じゃがの肉以外と茶碗蒸しを一気にパクパクと食べ、それからいつもはあまり食べない中華風サラダも全部食べてしまった。お粥は二割ほど食べただけだった。

食べている間、ベッドからお足を下ろして座っていらけるようになった。また目の色もいくらか清んできて、黄疸の症状は改善されつつあるようであった。

ボンズのホームランとスポーツの凋落

アメリカメジャーリーグのボンズが、とうとうホームラン記録を塗り替えたが、かの地でもイマイチ盛り上がりに欠けているようである。

それは常に彼について回る、ドーピンク問題が影を落としている。今のところ灰色状態のまま、アンタッチャブルな問題となっている。誰もが彼を疑っている。

科学の進歩がスポーツ界に大きな影を落としているのは、プロ、アマ(私にはプロにしか見えないけれど)問わず、いまや金まみれとなった世界の共通の問題である。

世界では、バレなければ何でもありである。各種薬剤の使用のほうが、その検査より進んでいるのが現状である。なにせ、プロ、アマいずれも、背後で大金が動いているのだから・・・ 検査方法が精密になればなるほど、選手は風邪薬すら飲めなくなってきている。

もはやスポーツには、「魂」が失われてしまったのかもしれない。

来年は北京オリンピックである。中国は威信をかけて、メダルの確保に躍起となっているはずである。選手に出される報奨は、日本では考えられないくらいとなるであろう。そこには「アマチュアリズム」も「スポーツマンシップ」など無縁な、ドロドロとして人間の情念が渦巻いている。

中国では、依然として、いや前よりもずざまじい貧富の差が生じている。貧しい家庭での少年少女は、必死の想いで中国代表になってきている。この地球上、四人に一人は中国人である現状と、メダルがもたらすモノの大きさが、アマチュアリズムなどと無縁であるのは、当然の結果となりそうである。

つまり、国威発揚というナショナリズムと、豊かさの獲得の場として。

一体日本代表選手は、何をモーティベーションとしてかの国で戦うのであろうか???
日本ではメダルを獲っても、家一軒建てられないのに・・・・

本日の出来事ーグッド編

バッド編の一日を過ごして家に帰ると、先日桜子さんのブログにコメントしたことにより、お宝一杯の荷物が届いていた。彼女のブログで、諸般の事情によりご家族のために用意したお粥が不要になったのでお送りいただけることになっていた。

そしたらば何とそれ以外にも、お宝ザックザックで、ご好意に何とお礼したらいいやら・・・
(・へ・!)

お手製の野菜が一杯入っていた。
母の好物の冬瓜、南瓜。
この季節の、梨、瓜。
夏野菜の、胡瓜に茄子にオクラとトマト、それにピーマン。

とてもわが家だけでは消費できないので、弟一家にもおすそ分けすることにした。明朝奥さんに取りに来てもらうよう連絡した。

それ以外にも、喉越しの良さそうな井村屋の和菓子と、お茶と赤だしに、安城のお酒まで入っていた。

甘いモノと梨は、何故か我が部屋にアル仏壇にお供えしてある。

桜子さん、本当に有難う御座いました。
毎朝、頂戴したお粥を食べて、このドエライ暑い夏を乗り越えたいと思います。

お酒は、母の退院祝いの時に飲もうかと思っています。
近日中に落ち着いたら、アナログメールにてお礼を述べられたらと思っています。

本日の出来事−バッド編

昨夜より母の容態が悪化し、ついに肝性脳症の症状が顕著になり、今朝緊急に再入院することとなった。今週火曜日より、次第に様子がおかしくなり始めていたのだが、昨夜は一気にデッドラインを超えたようであった。

明らかな羽ばたき運動が確認でき、目に黄疸の症状が出ていて、話す内容が怪しくなった。そんなときに、訪問看護の当番の方から、土曜日の訪問の時間の確認の電話があったので、母の様子を話して、朝まで様子をみて土曜日は診察に連れて行きたいと話しておいた。

ところが夜中になると益々意識障害が出始めて、「ああだ、こうだと」言い張る母を何とか朝までなだめて、早朝六時を待って訪問看護の緊急連絡先の携帯に電話して、様子を話して主治医の診察よりも入院させたいとお願いしたところ、直ちに主治医に連絡してもらえて、入院の許可が出た。

入院の準備を整えて、オヤジに救急車を呼んでもらった。私が電話したのでは、やり取りに時間がかかるので・・・ ところがオヤジはパニックを起こしていて、「救急車は110番だったっけ」とか言い出した。電話が終わっても、「入院用の荷物は救急車で運ぶのか」などとトンチンカンなことを言っていた。何も救急車を呼んで入院するのは今回が初めてではないのに・・・ 

金勘定にはうるさいくせに、いざ事が起こるとパニックを起こして全く役に立たない。

そんなコンナがあって、どうにか無事入院の運びとなった。七時に病院に到着したら、もう主治医は出勤されていて、すぐさま診察をしてくださり、種々の処置をしてくださった。九時になり病院が機能しだして、病棟へ移った。今回は発熱もあるので、何かの感染症があるかもしれないとの事であった。

病棟に移ったころはまだ混乱が続いていて、看護師さんからの質問にトンチンカンな答えをすることもあった。昼食は、母に食べさせてやった。昼過ぎ、買い物から帰ると弟が見舞いに来ていた。母の様子は逐一メールしてあったので、母との会話に驚くことはなかった。

そんな母も夕食時には、各種点滴の効果が出たのか、気分がよくなり、体にも力が入るようになって、食事の間座っていられるようになった。また食欲も出で、美味しい、美味しい、粥9、おかず8、ぐらいをアットいうまに食べてしまった。また食事後のアレコレ定番の作業をこなして私が帰る頃には、受け答えも大分チャンとなってきていた。

まだ時々、自分が自宅にいるのか病院にいるのか混乱するときがあるようだけれど・・・・

とりあえず疲れた一日だった。
帰りは、中華料理店でラーメンと麻婆豆腐を食べながら、生中を飲んで胃袋へ流し込んできた。さらに家路の途中レンタルショップでDVDを借りて帰ってきた。

そしたら何と玄関の鍵が開いているのに、家の中は真っ暗であった。オヤジはずっとベットで寝ていたようである。よくぞ空き巣が入らなかったものである。呆れてものもいう気にならない。

そして・・・グッド編に続く。

マイッタ

今週火曜日から、母の様子があまりよくない。

十六日(木)母の主治医のE先生の往診時にも、若干羽ばたき運動がみられ、また前回往診時の血液検査の結果もあまり芳しくなく、先生もどうしようか・・・と迷っていたほどである。

今日は午後から特に母の様子がおかしくなり、夕方にははっきりと羽ばたき運動が確認できたし、会話の様子も怪しくなりだした。自分でもその辺を感じられるのか、情緒不安定であった。

夕方座薬にて排便後、夕食にお粥少々を食べただけだったので、九時頃「お腹が空いた」と言うので、コンビニにてよもぎの蒸しパンとオレンジジュースを買ってきて食べさせた。

食べ始めたら体を起こして、座って食べ始めたので、食べ終わった時に、ついでに簡単にうがいをして入れ歯を外して、寝る準備をしてもらった。案の定横になった途端に、鼾をかいて爆睡していた。

どえらい暑いでかんわ!

今日15:15現在、我が部屋は35℃を越えそうである。

地上では、もっと暑いと思われる。ましてアスファルトなどの輻射熱を考慮すれば、40度を超えているかもしれない。

退院を機に母の部屋に設置してある空調の室外機が、ベランダにあるのだけれど、これに昼から日が当たるので、今日は近所のホームセンターにて簾を購入してきて、植木鉢用の支柱など利用して、室外機の上に日覆いをしてやった。

特に午後から室外機に日が当たるので、放熱よりも日当たりの熱で機械が熱くなっているようだった。今週は、尋常でない熱さである。

スポーツドリンクをがぶ飲し、食事を食べるときに、自作の料理やカップ麺になるべ乾燥ニンニクを混ぜて、何とか体力維持に努める日々である。息が臭くなるので、「ブレスケア」は欠かせない。

生き仏にならないように・・・・

やっとれ〜せん

AHIMG0213.jpg
北側の私の部屋の窓際に置いた気温計。
13時現在、34℃を示している。
今日も名古屋は37℃以上が予想されている。

ここはマンションの五階で風通りもいいので、まるで温風乾燥機の中にいるようである。うかうかしていると、生前仏になりそうである。つまり乾燥して、ミイラになりそうである。

たまらんなぁぁぁぁぁ〜〜〜〜

AHIMG0214.jpg
このライオンの形をした気温計は、学生時代仲が良かったY君が卒業するときに、九州へ帰っていく仕度を手伝いにいったときにもらってきたものである。今となっては連絡のしようがないけれど、そう遠くないお迎えの時に備えて、一度会っておきたい友人の一人である。

近況

8月12日(日)
予定通り昼食を食べに、弟一家久しぶりに来宅。以下のメニューを用意する。
・五目まぜご飯(椎茸、人参、油げ、鶏肉、コンニャク、竹輪)←定番(炊いたご飯に、予めこれらの具を甘辛く煮てあった物を混ぜて、しばし保温で味を馴染ませた物。煮汁をご飯に混ぜて味を付けるようにしている)
・ジャンボ餃子
・海老の中華風炒め(海老料理はj毎回必ず作る料理。何故なら名古屋人だから?)
・蒟蒻のピリ辛炒め
・里芋と烏賊の煮物
・胡瓜と蛸の酢の物

この中で「ジャンボ餃子」は、今までに作ったことがないような大きさで、最初は焼けているのか試しに一個割ってみたほどである。今流行の「一口タイプの餃子」なら、何か個分に相当するだろうか? 弟一家を歓待するために買出しに出かけたとき、前回好評だった自家製餃子を作るために餃子の皮を買い求めようとした所、前にいた若い女性が「ジャンボ餃子の皮」を選んでいたので、負けずに二袋(三十枚)を購入した。

そのサイズに見合うよう。豚挽肉と白菜を用意した。
ちなみに我が家の伝統的(?)餃子は、ネギと白菜のみじん切りに塩をしてしぼったのに、塩コショウに醤油少々を加えた豚挽き肉とまぜたのをアンにして皮に包んで焼いたのである。個人的趣味で、仕上げにごま油少々を掛けて風味付けして、エイヤとフライパンからお皿に移し変えて完成である。

醤油とラー油にポン酢をお好みで混ぜたので食するのが、わが家の伝統的餃子である。

甥っ子の長男坊はイタクこの餃子を気に入っていて、前回に続き「止められない」などと呟きつつ、ムシャムシャ食べていた。残念ながら、私は焼き餃子を食べられないけれど、作った料理は概ね弟一家には好評であった。

8月13日(月)
始めて訪問看護に来てくれるベテランのOさんが来宅。話してみると、私が手術した頃に家庭の事情で長年働いたN大学病院を退職された方だった。私がお世話になったN師長のことも、ご存知のようであった。Oさんは、師長をやっていたぐらいの感じ人である。

母の昼食を用意して、午後先日見つかった右胸の影の確認のために血液検査とCT撮影に行ってきた。

夜、何かといえば「刺激がない」を言い訳にする母に、涙する。「言葉のあや」というには、私にはあまりに酷な一言であった。その私の涙に、母の情緒が不安定になる。

8月14日(火)
2時半ごろ、母の部屋の電気が点いているので覗いたら、「オシッコかしたい」と訴える。バルーンカテーテルの管が当たるので、オムツをずり下げていて、その結果管が圧迫されて尿の排出かうまく行かなくて、膀胱が膨らんでいたようである。

朝になっても不快感が続いているので、訪問看護のほうに連絡して、状態の確認をしてもらった。一度流れが止まったということなので、生理食塩水を利用して膀胱洗浄してもらった。

午前中は不快感が続いて、情緒不安定だったけれど、昼ご飯の頃には下腹部の不快感もなくなり、ご機嫌も回復したようである。

昨夜も時々様子を覗いたりしてほとんど寝ていないので、疲れたし眠たいクソ暑い名古屋の午後である。

血も涙もないクソッタレ親父は、これを書いている今も、グウスカ自分のベッドで寝ている。母がどんな心理状態かなどどいうことには、一片の関心もない。あるのは、金勘定だけである。

介護の一日

◎朝
六時ぐらいに、母の部屋を覗きに行く。大体目覚めてラジオを聴いているので、一晩中点けてあるスタンド(白熱灯タイプで明るさが無段階に調節可能)を消して、カーテンを開けてやる。ついでその頃までには配達されている中日新聞を持って行ってやる。調子がよければ、その間を利用して骨粗鬆症用の薬のアクトネルを飲んでいる。

七時頃に母の定番の朝食を食べられるように用意する。
1)PASCOの「スナックパン」二本(時々は野菜味)
2)大好きなトマト一個(中くらいの)何故か皮が嫌いなので、皮はとってある。
3)コーンスープ(時にポタージュだったりカボチャだったりする)
4)果物(キウィーが主で、季節の旬のものを。今だと西瓜、梨、葡萄等)
5)玉子料理(ほとんどか目玉焼きとゆで卵。それにスクランブルエッグだったり、オムレツだったり、出汁巻き卵。まれにネギのみじん切りを入れり、玉ねぎの薄切りを炒めた物を混ぜたオムレツ風だったりする)
以上に、肝性脳症のお薬アミノレバンを毎日違ったフレーバーで作ったドリンク(200cc)。この時、飲みやすいように氷を入れてやるので、朝の薬と共に飲んだ後、コップに残った氷をガリガリやるを楽しみにしている。

私は、お粥に生卵を入れたのか、ラーメンに生卵を入れて一緒に食べる。このときなるべく「一日分の野菜が取れる」という野菜ジュースをワンパック飲むようにしている。

その後私の通院などがなければ、公園に散歩に行くのが最近のパターンである。鳩やスズメに餌をやりながら、しばし時を過ごす。その日の体調や気温などを考慮して余裕がありそうなときには、公園南の自販機でジュースを買ってきて二人で飲んで帰ってくるのを楽しみにしている。緑の中を散歩すると気分が晴れるようである。

車椅子で散歩に出るときには、まず尿の袋を空にして、それからレジ袋に入れて汚れないようにしてぶら下げるのと、怪我防止のために靴下を履かせてスニカーを履かせる様にしている。

週三回、訪問看護に来ていただいて、浣腸による排便コントロールと清拭をお願いしている。また今は週一回訪問入浴にも来てもらえるようになっている。これらの作業がスムーズに行くように、準備をしておいたりする様にしている。特に訪問看護の方は少しの手助け(お湯を準備したり、その廃棄をしたり・・・・)で、余裕が生じて丁寧に看護してもらえるようである。

訪問看護と入浴後は、着替えをしてもらうので、その後は直ぐ洗濯をするようにしている。

◎昼
私が在宅なら、ほとんど麺類にしている。素麺、冷麦、きしめん、蕎麦、スパゲッティ、冷やし中華など。このとき、同じものを私も一緒に食べるようにしている。私の通院等で昼ご飯時不在なら、お握りか巻き寿司(カッパ、梅)に冷凍食品で弁当を作ったり、または持ち帰り寿司の丸忠の助六を買ってきたりしている。

訪問看護のない日は、時間をみて座薬にて排便するようにしている。挿入後一時間弱で便意があるので、ベッドサイドのポータブルトイレに移動を介助して、排便してもらうようにしている。その後、新しいオムツに替えて一連の作業終了。

通常夕方までに、食事の希望を聞いて買出しに出かける。気分で幾つかのスーパーを交替で訪れるようにしている。また池上正太郎先生のエッセイにもあるように、このとき必ず着替えて気分転換をするようにしている。池上先生も一日家にこもって創作の日々となる場合、何度か着替えて気分一新していたそうである。

◎夜
6時頃に食事が取れるように用意する。オカズは野菜をメインとした物を中心にしている。時々焼き魚や煮魚をつけることがある。ご飯の量は、100グラムのパックをチンして、その日のオカズの量を勘案して加減して茶碗に入れるようにしている。母の希望を聞いて、残ったご飯をお握りにして枕元においておくこともおる。

食事は、
腹水対策で、減塩
肝臓への負担を軽減するために、鉄分に注意
慢性肝炎が非たいしょう期なので、動物性タンパクの摂取に注意
するようにしている。

大体九時半ごろには就寝できるように、歯磨きと入れ歯洗いをして翌朝に備える。そしてスタンドを点灯して、就寝となる。

日によっては夜中に何度か、玄関用の無線の呼び鈴を利用したナースコールで起こされることがある。また何もなくても、トイレなどに私が目覚めたときには、必ず母の様子を覗くようにしている。イビキをかいていれば安心だけれど・・・・


簡単に一日を概略すると、こんなもんである。

暑いガヤ 眠たいガヤ

名古屋も本格的な夏となり、「夏暖かく、冬涼しい」快適な我が部屋で、毎夜寝苦しい日々となっている。お袋さんは、夜中になると少し寝ぼけるのと、肝性脳症の影響で混乱することがあり、何度か起こされたり、または朝までに何度か様子を見に行ったりするので、このところ寝不足気味である。

最近の唯一の楽しみと言っていいビールに酔っ払って、母の就寝の準備(歯磨き等)をして、九時半に寝てしまう。これまでブログを書いていた時間帯には、寝ていることが多くなったので、中々更新が進まない。

日々アレを書こうかなと頭の中で構想を練るのだけれど、キーボードと格闘するほどの余裕がないまま、日々か過ぎていく。

怪しい影 その二

7月31日に東名古屋病院にて痰を吸引してもらって、一般細菌検査と細胞検査をしてきた。今まで東名古屋病院のS先生や保健所から何の連絡もないことから、少なくとも塗沫検査では引っかからなかったようである。

レントゲンの映像からすると、結核の可能性の低いことは、素人ながら想像できていた。すなわちレントゲンに写るほどの結節が出来たなら、もっと咳と痰が出なければならない。とくに痰が。それ以外の結核の症状がなかっただけに、あまり結核は心配していなかった。

先週母の往診に来たE先生に、母のバルーン交換の時間に万が一の時に備えて、事情を話して一言「お願いします」と話しておいた。ついでに借りてきてあった私のレントゲンを見てもらった。「結核とかガンとかではないぞ」と説明していただいた。母の主治医であるが、私も結核のときにお世話になった先生である。当方の事情も色々ご存知なので、面倒な説明をしなくてすむ。

いずれにしろ21日に二つの病院を掛け持ちするので、それまでにCTやら血液検査の結果も揃うので、何らかの結果が出る予定である。

母の様子も芳しくないので・・・ 何とか持ちこたえたいものである。

見た

◎イノセンス
  GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊
◎マトリックス
 RELOADED
 REVOLUTIONS
これらを続けて見たら、脳と意識・現実の問題をあらためて考えさせられた。

◎ベトナム激戦史 1967
◎アメリカンソルジャーズ
◎大統領のカウントダウン
アレクセイマカロフ
チェチェン戦争 イスラム原理主義 サーカスの人質事件

◎ザ・コマンダー
ジャン・クロード・バァン・ダム

◎アローン・イン・ザ・ダーク
クリスチャン・スレーター

◎山猫は眠らない2 狙撃手の掟
◎スペツナズ ロシア特殊部隊
 レッド・ハイジャック
 ジハード・聖戦
◎レッドマウンテン
◎トリプルX
  〃    ネクストレベル

◎アルティメットディシジョン
◎ジャーヘッド
◎ステート・オブ・ウォー

◎シャーロック・ホームズの冒険[完全版]シリーズ
◎名探偵ポワロ[完全版]シリーズ

母が退院してきてから見た、レンタルDVD。タイトルをメモしてあるのがこのくらいである。どうも夜中目を覚ましたときに、頭の中が混乱するようで、毎夜起こされたりしている。二時か三時頃に起こされると、あと中々寝付けないので、そのまま朝までDVDを見たりしていることが多い。睡眠不足だと、夕食後爆睡することがある。

フォークランド戦争以後の現代の戦争を題材にした戦争モノを見ていると、隠れることのない荒地での戦争が続いていることがよく分かった。その凄惨さは、第二次大戦どころではない。ベッカー高原、アフガン、イラン等など・・・・

気分を変えて

テンプレートの検索で、「大きい文字」探したら、ナナナント文字の大きさが可変になっているのがあった。全体的にシンプルで好ましく感じたので、新しく借りてきた。暫くはこのテンプレートでいってみようかと思う。

コードには、アクセス解析の貼り付け場所までチャンと用意してある。配慮がゆきとどいている。

追記
どうもプラグインの、最近の記事とコメント一覧が一緒に表示できるのとの相性が悪いようなので、元のに戻した。何かのエラーチェックに引っかかるようであるから。スッキリしていて気に入っていたのだが・・・

ぶざまになった日本人

今頃になって国務大臣をやっと辞めた赤城農水大臣の行動は、「ぶざま」としか言いようがない。未だに何も説明しようとしないし、まったく自身行動の責任を自覚すらしていない。辞すべきは、国務大臣の席ではなく、議員バッジを外すべきなのである。ボンクラ二世議員の周りには、そんなことすら忠告すべき人がいないようである。

そして選挙前には、「私を選ぶのか、小沢を選ぶのか」と嘯(うそぶ)いていた安倍首相は、明らかな結果が出たの、総理の椅子にしがみついていている。これまた「無様」である。そしてなによりその首相の首に鈴すらつけようとしない、自民党議員に明日はない。安倍首相は自分がいかに裸の王様であるか、今回の選挙結果が明白に示しているのに、今だにそれに気づいていない。さらに諫言する忠臣すら持たない。安倍は、人の上に立つような器ではなかったのである。

また先日より問題となっている横綱朝青龍の行動でも、その対応のまずさは「不様」である。一番問題なのは、横綱の責任を自覚しない本人であり、これまでもそのワガママな行動を許してきた相撲界そのものが問題であった。

しかし一連の事件を隠そうと、入院を画策したのが一番まずい対応であった。これに親方が関与していたのかどうか分からないが、ことは減給程度で済むこととはとても思えない。高砂親方は、部屋を続ける資格があるのか疑わしいかぎりである。もし後援会が勝手にやったのならら、親方としての管理能力に疑問を呈せざるおえないし、親方自身も関与していたなら、早々に親方から身を引いてけじめをつけなければならない。

それが綱の意味する重みだと思う。横綱審議委員会のジイサン・バアサン達は、この問題をどう考えるのであろうか? 白くない綱に、威厳が有るだろうか??

そんな中、選挙の夜の番組を見ているときに、あの片山議員の落選のときの挨拶を見た。その後のニュースでは、例によってその一部しか報道していなかったが・・・・ 

敗軍の将としての片山氏の挨拶に、勝った姫野氏よりも遥かに人間的魅力を感じた。色々言われる片山氏であるが、人材不足の今の自民党にあって、一角の人物と見受けられた。のん気に次の参議院選まで待つことなく、多分近日中におこなわれる衆議院選挙への立候補を考えるべきである。

軽薄な今の自民党の若手に比べたら、遥かにましである。次の次ぐらいを狙ってみてはどうだろうか、片山さんよ!! 可能性はあるんじゃないのか???

大忙し

昨日は、朝から大忙しだった。

1週間かかっても痰が採取できなかったので、午前中は東名古屋病院に行くことにしたので、母の朝食を用意したあと、昼食用に近くの駅の丸忠にて助六を買ってきた。母用に、お茶や水筒に氷水を用意して出かけた。

午前中は病院を掛け持ちして、先日見つかった胸部レントゲンの新しい影に対して、最悪でも8月21日には何らかの答えが出るように段取りしてきた。

まず東名古屋病院に行って、吸引で喀痰検査用に痰を採取してもらった。当日名古屋地方では空気が乾燥気味で、ただでさえ痰が採取しづらいのに、吸引用の管が鼻から中々入らなかった。しょうがないので口からやったのだが、吐き気を我慢しても、少ししか採取できなかった。丁度処置室に検査室の人がいて、その量でもいいとの事だったので、一般細菌検査と細胞検査用が可能となった。

ついで、問題のレントゲン一式を借りたら十時半で、まだ名大の大先生の診察時間に間に合いそうだったので、タクシーにて名大病院に急いだ。耳鼻科の受付でメモを渡して、診察をお願いした。この日は難しい患者が少なかったのか、昼過ぎには最後の患者として診察を受けることが出来た。

さすが大先生、一発で影に気づいた。

結核でない場合に備えて、8月21日までにCT(造影剤使用)や血液検査をして、経過観察の準備をすることとなった。どんなに遅くとも、塗沫検査の結果ぐらい今日中に出るだろうから、保健所なりS先生から連絡が無ければ、やはり・・・ということになりそうである。

午後は、初めての母の訪問入浴となった。母は様子が分からす不安に思っていたようだけれど、いざ風呂に入ったら「○○温泉」などと、ご満悦であった。初回ということで、先方に身を任せず、体に力が入って疲れたようであった。入浴後は、リラックスしていた。

訪問入浴直前に家に着いたのだけれど、その間父が母の面倒を見ていたのだが、父は気が利かないので母はイライラしていた。そもそもが、私が家を出た時点でまだグウスカ寝ていた。それも自分の部屋の扉を閉めて。

夜中にトイレに起きたときに母の様子を見に行くでもなく、何かあったら聞こえるように部屋の扉を空けておくでもなく、父親は全く赤い血の流れていない人間である。

夕食前に座薬で排便を促して、寝るまでに何度かポータブルトイレに移動して少しは排便した。

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プロフィール

ncubrick

Author:ncubrick
コメント名:隊長ダガヤ
人種:名古屋人
言語:名古屋語
生息地:名古屋
職業:半病人
年齢:戦後生まれ
性別:まだオス(?)
身長:かなり高い
体重:かなり軽い
状態:かなりやばい
命の蝋燭:かなり短い
人体改造度:かなり高い
性格:馬馬虎虎
好きな言葉:SPEAK IT WITH FLOWER
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