熱田荘 丹羽家住宅
2007-05-05
「七里の渡し」近くにある、「宮」の往時を想起させる建物である、「熱田荘」と「丹羽家住宅」。詳しい説明は、高札の写真をクリックして読んでもらいたい。
丹羽家住宅は、元々脇本陣として建てられ、「尾張名所図会 七里渡船着」に描かれているとのことである。二つとも、よくぞ戦災にあわなかったものである。このあたりは、米軍の空爆にさらされたところだけに。


明治期に料亭として建てられた熱田荘は、現在はグループホームになっていて、伯母がこの熱田荘にお世話になっている。毎月慰問に訪ねるので、中の様子を知っている。一昨日訪ねた折に、ついでにこの写真を撮ってきた。


グループホーム開設に伴い、内装は綺麗に改装されているけれど、鴨居は昔のままなので、私は頭をぶつけないようにしないといけない。梁に使われている木材は、さすがに太く立派である。二階の廊下は板葺きのままなので、歩くとギシギシと音がして懐かしく感じる。
私の記憶では、バブルの頃までは三菱重工の寮として使われていたように思う。時に社員の懇親会が開かれているような様子だった。
丹羽家住宅は、元々脇本陣として建てられ、「尾張名所図会 七里渡船着」に描かれているとのことである。二つとも、よくぞ戦災にあわなかったものである。このあたりは、米軍の空爆にさらされたところだけに。


明治期に料亭として建てられた熱田荘は、現在はグループホームになっていて、伯母がこの熱田荘にお世話になっている。毎月慰問に訪ねるので、中の様子を知っている。一昨日訪ねた折に、ついでにこの写真を撮ってきた。


グループホーム開設に伴い、内装は綺麗に改装されているけれど、鴨居は昔のままなので、私は頭をぶつけないようにしないといけない。梁に使われている木材は、さすがに太く立派である。二階の廊下は板葺きのままなので、歩くとギシギシと音がして懐かしく感じる。
私の記憶では、バブルの頃までは三菱重工の寮として使われていたように思う。時に社員の懇親会が開かれているような様子だった。
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