「クルム伊達公子」 の復帰に思うこと
2008-05-03
現役終盤ランキングの計算法が変わり、世界各地を転戦しなければならなくなったように記憶している。自ら炊飯器を持参して日本食をホテルの部屋で用意しないといられなかった彼女が、海外転戦に嫌気がさし、96年に唐突に引退したような気がしていた。また当時肩の痛みが続いていたことも、急な引退への引き金となっていたようである。スポーツ選手にとって、「引退」は、「仮想としての死」を体験することであると了解している。すなわち「死」が一つの「終焉」と「再生」を意味していることである。新たな人生を生きるための、切っ掛けであるはずであった。
だけど伊達選手にとってあの時の引退は、中途半端なままで、けっして燃え尽きたために引退したのではなかった。だからその後の彼女の行動は、つねに「不完全な死」を補完しようとあえいているようにしか見えなかった。
引退後に始めたマラソンでも、目標に定めた04年4月のロンドンマラソンのために、月に300キロを走る実業団並みの猛練習を積み、食事は管理栄養士をつけて好物のケーキを封印。ストイックな生活を続け、3時間27分40秒で完走した。テニスでは今年の現役復帰を目指し、昨年9月から週6日の猛特訓をしていたようである。
スタミナがついて肩の痛みがない今の成績は、偶然の産物ではない。今の日本テニス界で、伊達選手ほどの決意と練習をしている選手がいないということであろう。今回の伊達選手の活躍が意味することは、今の選手の意識の低さと、日本テニス界の指導者の欠如であろう。日本スポーツの構造的欠陥の一つが、プロ選手のための指導者がいないことであろう。特に世界レベルでない競技の場合は、絶望的である。
「ただ懐かしいだけではない、37歳のカムバック。コート上で誰よりも輝いている。」とスポーツ紙に書かれていた。女性のほうが選手寿命が長いのは、生物学的特性によるけれど、今の日本テニス界に彼女の息を止めてあげられるだけの人材はいないようであるが。伊達選手は、今度こそキチンと「死」を迎えて欲しいものであるが、日本にいては「死」を宣告してくれるレベルの選手に出会えそうにない。
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