隻手音声 日記 −せきしゅんのおんじょうー

The sound of the one hand 結核・舌ガンに続く肺ガンの闘病後の母の介護の日々の心にうつりゆく由無し事を、そこはかとなく書き付けてみました。

松坂、井川、岡島 三投手のメジャー挑戦

今年も球場がうるさい日本野球には全く興味が持てないが、NHKのBSでメジャーリーグを楽しみしている。特にヤンキースの松井君を楽しみにしている。見ていて、感情が表情に現れるので。それと日本では周りの期待でホームランバッターを演じていたが、アチラでは、特にヤンキースでは、いやトーリ監督は、松井君のトータルとしての選手能力を買っている様に見受けられる。松井君はそんな環境で、野球少年としての情熱を燃焼できているようである。その姿が、見ていて楽しい。

投手が日本の野球からアメリカのメジャーリーグに挑戦するとき問題になるのは、
(1)ボールの違い
  (1−1)大きさ
  (1−2)縫い目
  (1−3)皮
(2)マウントの硬さ
(3)ピッチングの組み立て
(4)調整・練習方法の違い
(5)ローテーション
(6)試合日程と移動距離
であるように見受けられる。

まず(1)ボールの違いにより、変化球が影響をうける。大きさの違いは直ぐに対応できているようだが、滑りやすさや指の係り具合が違うので、変化球が日本の野球時代と異なるようである。

この影響が吉となっているのが岡島君で、対応してきたのが松坂君で、無策だったのが井川君である。

(2)のマウンドの硬さは、投球時の踏み出す足の内転筋(ないてんきん:漢字がわからないので・・・)に疲労をもたらすようである。スパイクの爪の調整や、筋トレ、疲れをとるなどの対策が必要のように想像している。松坂君などは、開幕以降かなり苦しんでいたようである。

(3)の組み立ての違の影響をもろに受けたのが、井川君である。元々スライダーピッチャーなのに、ヤンキースではメジャー流のチェンジアップを多投することを要求されていた。しかも彼はチェンジアップが苦手である。

本当のピッチャーなら、自分の苦手な球種には首を振り、得意球を投げるのがメジャー流である。何故なら、たとえ打たれても納得するからである。

主張すべき自己を持たないことが、井川君の欠陥である。(4)の調整・練習法に関しても、このことが成り立つ。大魔神佐々木君は、大リーク挑戦したとき、キャンプでメジャー流の調整をしたらオープン戦で結果が出なかったので、急遽開幕前に日本流の練習に戻して、その後の活躍に繋げた。

松坂君も開幕して調子が出ないことに、日本流の調整をして次の登板に備えるようになって、やっとピッチングが安定してきた。井川君と違って、自分を見失わなかった。松坂君は、主張すべき「自分」を持っていた。

現在リリーフで活躍している岡島君は、メジャー流のリリーフに対応できているようである。どんなプロスポーツでも、日本人選手が異国で活躍するのには、臨機応変な対応力と、確固たる自己と信念と、成功を願う熱意と、自己主張を必要としているように思う。コレは、日本で活躍できている外国選手にも当てはまるように思う。

このいずれも欠落しているのが、井川君である。なにせマイナーに降格になるのに、「チャンスです」などとアホナことを言っていた。今後も彼がメジャーで活躍することはないだろう。

セルティック 中村俊輔

中村俊輔が、スコットランド・プロ選手協会のMVPを受賞した。ごつい選手の多いスコットランドで、多くの試合に出場し、勝利に貢献していた。以前の彼のプレート違ってきたのは、得点しようとする意志を持つようになったことだと思う。

以前の彼は、パスすることだけで満足していた。あるいは、パスすることこそサッカーだと思っていた。サッカーとは点取りゲームであるはずなのに、そこを誤解したままプレーしていた。イタリアでもまれ、代表での経験を通じて成精神的に成長し、今年スコットランドで持てる才能を開花させることが出来たようである。年齢的にも、ポール競技におけるスポーツ選手として、絶頂期を迎えている。肉体的下り坂にかかる前で、精神的充実が重なる時期である。ここ暫くは大きな怪我なく、その華麗なるプレーを見せ続けて欲しいものである。

ストラカン監督は、中村獲得にあたり、UEFA()のロクスブルク技術委員長に評価を求めた。その答えは、「ヘディングはできない。タックルもできない。だが天才だ。」であった。ストラカン監督が、そんな中村選手の才能を信じて戦い続けた結果が優勝であった。

日本社会に欠けているのが、この個人の才能に対する正当な評価をする能力だと思う。学問の世界であれ、芸術の世界であれ・・・・あれやこれやにおいて、才能ある人たちは、日本国内にいる限り不当な評価しかえられず、海外へ出て行ってしまう。

日本人の心の中にないものが、絶対的価値判断の基準である。

昨今の日本社会の混迷は、社会的制約がなくなりつつある中で、自己の判断で行動しなければならなくなったとき、善悪が判断できなくなってきているからだと思う。

今の日本人がこれほどヨーロッパのブランド品を買い漁るのは、自分自身への自信のなさからくる不安感を、ブランド品を持つことで解消しようとしているように思える。それは、ブランドのロゴが目立つものが喜ばれているこに如実に現れている。

それにしても中村君よ、タキシードの蝶ネクタイくらいチャンとしろよ! 情けない!!

ドラゴンズの敗因

何故ドラゴンズは、日ハムに負けたのであろう?

それはやはり落合監督の涙にあったのではないだろうか。セリーグ制覇のときの落合監督の涙に、誰もが驚いたことと思う。それだけ、人気チームの監督業は大変だということかもしれない。

だけと選手達は、あの涙で何かを達成してしまったような満足感に浸ってしまったようである。それ故に、日本シリーズでは、シーズン中のような緊張感がなかったように思う。その表れが、普段なら出ないような小さなミスの積み重ねにあったように感じた。

落合監督は、今年で契約が切れる。もうすく、球団社長への報告が行われるようである。続投かどうかは、その時決まるようである。

中日が常勝チームになるかどうかは、その時に決まりそうな気がする。球団が、監督に何を求めるかで。セリーグ制覇なのか、日本一なのか、アジア一なのか。

ロッテ、日ハムと、Jリーグの影響をうけたチームが結局成功している。すなわち、フランチャイズを意識したチームが成功している。この傾向は続きそうである。だから巨人は益々凋落していくだろう。もし野球王国の四国に移転するチームがあれば、それが次の日本一への近道かもしれない。

涙の落合監督 − 中日優勝

天才選手が必ずしも監督に向かないのは、何も野球に限ったことではない。

もっとも天才肌で自己主張をしてきた落合選手が中日の監督になったとき、はたして監督としての技量はどうなんだろうといぶかった。天才は、凡人が何故うまくプレーできないか理解できないのが通常である。それ故に、監督となるとうまく行かない。

例えば、あの体操の金メダリスト森末選手は、自分の感覚を他人に教えられないから、指導者になろうとは思わないと言っていた。

また彼等天才にとって「あたりまえ」が、凡人にとってはとんでもないことであるのが分からない。彼等が当たり前と思っている努力のレベルも、一般に比べるとはるかに高いものである。その違いに、彼等は気づかない。

中日生え抜きで、天才肌で職人だった高木選手が監督になったとき、このことに気づかずに失敗した。

落合監督は就任当初から、ノーアウト満塁で内野ゴロ・ゲッツーで一点でOKと言っていた。そして「努力」することが大切であることを強調してきた。練習は量と質のバランスが大切であるけれど、若い選手にとってはまず量であることを説いてきた。選手達は、それを忠実に実行することで力をつけてきた。

結果の出る努力を求めてきた。努力する選手に、チャンスを与えることを忘れず、常にチームを競争状態にし、使う選手には全幅の信頼を寄せてきた。選手もそれに答えようとしてきた。

指揮官が、明確な指針と現実的な理想を明確に選手達に示してきたのが、今日の中日の強さの秘密であるように思う。

巨人の原監督が二度も失敗しているのとは大きな違いがある。原監督の場合は、エリートの脆弱性が露呈してしまう。

落合監督の涙を見ながら、そんなことを思った。
彼の涙に、普段のぶっきらぼうな表情に隠された人間性を見たような思いがした。
その熱いハートを!

阪神の岡田監督は、リリーフ・ピッチャーの使い方を間違って、今年は優勝を逃してしまった。野手出身の監督が良く間違うのは、ピッチャーの肩の消耗を考えないことである。野手と投手の疲労の違いを理解しているかいないかで、成績は全く違ってくる。

広島は若手投手を育てるのが上手なチームであるが、ついつい肩を酷使してしまい、長年成績が上げられないでいる。

ボクシングの偽善

亀田親子が哀れなのは、彼らの信じたボクシングそのもの体質的欠陥を、よく理解していなかったことによる。いくら彼らが強弁しょうと、誰も相手にはしてくれない。なぜなら大衆は、ボクシングの欺瞞に気がついてしまったから。

今回色々解説されたように、まずレフェリーや審判達の”あご・あし”が主催者が出した金によることによる不信感。今時そんな馬鹿げたプロスポーツはない。なぜならプロスポーツの根幹を揺さぶるものが、いつも八百長であるから。現状のボクシングのシステムは、八百長の温床でしかない。

判定における曖昧さにいたっては、何おかいわんや。何故だかダウンすると、10:8でしかない。それでは各ジャッジは、一体何を基準に優劣を決めているのかさえハッキリしない。八百長のヤリタイ放題である。パンチの数なのか、有効打の数なのか、クリーンヒットの数なのかさえハッキリしない。まだアイススケートの芸術点のほうが分かりやすい。

日本人は、世界一潔癖症である。それに今回ボクシングは抵触してしまった。一度招いた不信感を払拭するのは容易でない。まして大言壮語を喜びつつも、それを嫌う国民性では。

ある番組で、弁護士の橋下さんがウチでTVで観戦して涙を流したといっていたが、あまりにも初心すぎる。現実を知らなすぎた。ボクシングがどんなものか、世間によく知られるようになったのは、皮肉にもTV局のお陰であり、それはボクシングの死をもたらした。

ボクシング関係者、協会なりコミッショナーが今回のことに対して何も発言しないことからして、今後も何も変わらない・変えないということなのだろう。マスコミで発言している元世界チャンピオン達ほどの危機感はないようである。忘れてはいけない。リアルでないプロレスの末路を。次は君たちボクシングの番である。何も変えようとしないのなら・・・

偽りの勝利

誰がどう見ても、今夜の亀田君の勝利はオカシイ!!

少しボクシングを見慣れた人ならば、今夜位のないようならホームの有利さを考慮して、せいぜいドローでチャンピオン防衛ぐらいがいいところである。

現在の格闘技ブームを支えているのは、リアル・ファイトである。それ故に、リアルでないプロレスは見る影もなく凋落してしまった。

ボクシングは、昔からダーティな部分を引きづっている。今夜はその嫌な部分を見せられたようで、実に不愉快である。多分お涙頂戴を演出したかった、TV局側の作為が働いたのではないだろうか。見ていて不愉快になった。もうボクシングなどは見ない。

私の直感が間違っているかどうか、当のボクシング関係者が一番よく分かっていることと思う。

まだ君達は、ボクシングを見たいですか??

それでもチャンピオンだと威張るのか、愚か者よ!!!

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Author:ncubrick
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